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親父シェフ3人
フランス料理にもの申す
定価 1,620円(税込) 品切れ

発行年月 2006年3月31日
判型 四六
頁数 288頁
著者 田代 和久北島 素幸谷 昇 共著
ISBN 978-4-388-35321-7

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「料理人は料理だけ作っていればいい」という時代は終わり。オーナーシェフともなれば、素材の仕入れ、スタッフの育成やお客との付き合い方など課題は山積み、その合間をぬって料理もブラッシュアップしていかなければ時代に取り残される……。
そんな悩ましく多忙な仕事に取り憑(つ)かれ、「料理人は最高の仕事!」と言い切る3人の親父(ベテラン)シェフが、修業を始めるところからフランス現地修業、独立、スタッフの問題、ひいてはリタイアまでを本音で語ります。現在オーナーシェフの人ならおおいに共感し、将来オーナーシェフをめざす予備軍なら必ず役立つこと間違いなし。
食べることが大好きなレストランマニアの人にも、興味深い話が満載です。月刊『専門料理』の好評連載に大幅加筆した、待望の1冊です。

本書は3人の座談会がメイン、最後に3人のシェフのプロフィールと仕事風景を掲載しています。3人が考え、話したテーマは以下の12テーマ。いずれも料理人やレストランに携わる人にとって、とても大切であり、そのぶん悩みも尽きないテーマです。

「レストランの安全」にもの申す

「素材」にもの申す

「修業のスタートライン」にもの申す

「自分の店を持つ」にもの申す

「オーナーシェフの仕事」にもの申す

「独立後の勉強法」にもの申す

「スタッフ」にもの申す

「お客」にもの申す

「親父シェフの将来」にもの申す

「フランス料理、今後の発展」にもの申す

「料理の進化」にもの申す

他に、「3人のシェフと3店のレストラン──親父シェフの日常の仕事」と題して、シェフたちのプロフィールと、築地への買い出しやスタッフとまかないを食べる様子、これまで書き溜めたノートなど、仕事風景を切り取った写真も掲載しています。

◆担当編集者より
(1) 豪華な顔ぶれの著者
著者は、現在、日本のフランス料理界のトップに立つシェフ3人です。それぞれ50代半ばの現在も毎日厨房に立つ根っからの料理人であり、自分の店を長年繁盛させ続ける優秀なオーナーシェフでもあります。
そんな彼らは若手料理人にとって憧れの存在。本書はトップシェフたちの料理や店に対する姿勢や考え方、ひいては「生き方」を知ることができる貴重な一冊です。

(2) 親父シェフならではの本音トーク
30年以上料理を作り続けてきた、ベテランシェフならではの話が満載です。
たとえば、食の安全が問われる中、シェフたちはこの問題にどう対処しているか。
お客さんに飽きられないためにどうやって新しい料理を考えるか。
年齢が離れたスタッフをどう育てるか。

シェフたちが好きなお客と嫌いなお客は。
いつまで厨房に立ち続けるか。シェフたちの老後は?
……など、通常の料理本ではけっして語られることのない、でも実はすごく大切でみんなが悩んでいることについて、料理人を代表して3人の親父シェフが真剣に考え、語ります。きれいごとやカッコイイ台詞はいっさいありません。時に泥臭く、時に笑いを交えながらの率直な話には、料理人ならずとも学ぶべき点がいっぱいです。
「フランス料理」「レストランという仕事」に興味がある人なら、誰でも気軽に読んでもらえる本です。
著者紹介

◎田代和久(たしろ・かずひさ) [ラ・ブランシュ]
1950年4月1日、福島県伊達郡に生まれる。3人兄弟の長男。A型。
高校卒業後に上京し、東京食糧学校(現・東京栄養食糧専門学校)に入学。卒業後、竹橋の「カーディナル」、銀座の「ブリアン」などで働き、’78年に渡仏。3年間を過ごす。帰国後、銀座「レザンドール」のシェフを経て、’86年に「ラ・ブランシュ」をオープンした。趣味は散歩、絵画鑑賞。子供の頃に力士に憧れ、今もたまに国技館に足を運ぶ。小兵力士が贔屓。

◎北島素幸(きたじま・もとゆき) [北島亭]
1951年1月9日、福岡県筑後市に生まれる。兄と妹の3人兄弟の真ん中。A型。
高校卒業後、博多に本社がある「ロイヤル」に就職。25歳で上京、六本木の「レジャンス」でパティシエとして働く。翌年フランスへ。6年近い滞在中、「トロワグロ」など数々の店で修業する。帰国後、京橋「ドゥ・ロアンニ」、赤坂「パンダグリュエル」のシェフを経て、’90年に「北島亭」をオープン。休日は、朝店に来て花に水をやり、帰宅途中にビデオを借り映画鑑賞。裁判をテーマにしたものなど、シリアスな内容が好み。

◎谷 昇(たに・のぼる) [ル・マンジュ・トゥー]
1952年8月4日、東京都新宿区に生まれる。兄、姉の3人兄弟。A型。
高校卒業後、服部栄養専門学校に入学。在学中から六本木「イル・ド・フランス」で働き、そのまま就職。24歳で渡仏、帰国後、数件のレストランのシェフや調理学校の講師などを経て、35歳で再度フランスへ。帰国後、「オーシザーブル」(六本木)などを経て’94年「ル・マンジュ・トゥー」のオーナーシェフに。リラックス法はアメリカのケーブルチャンネル「ディスカバリー」をのんびり眺めること。

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