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2011年06月28日

料理本のソムリエ [ vol.24 ]

【 vol.24】
忘れられた「花の茶屋」

 へっへっへっへっへえ、手に入れちゃいましたよ! 昭和2年10月刊行の「花の茶屋」の機関誌『味冴』5周年記念号! 古書即売会の出品目録をめくっていてこの二文字にぶつかったときは、思わず二度見しちゃいましたよ。会場に並ぶ商品と違って目録掲載品は抽選なものだから、申し込んでから2週間、当りますように当たりますようにと、ずうっと落ち着かなかった。やれやれ、これでひと安心ってなもんだ。

 にたにた気持ち悪いですって? だってこの雑誌、あたしの知る限りでは国会図書館にしか所蔵されていないんですよ。おまけについこの間までは小さなマイクロフィルムに、今はデジタルデータにされちゃって、どちらにしてもモノクロの粗い映像でしか見られない。ほおらこの通り、本物の表紙はカラーですよ。銀で刷った秋草風の模様の上に、わざわざ厚めの紙に別刷りにした小室翠雲の南画を貼り付けてある。さずが五周年誌、贅沢な造りだねえ。これは中国の高級食材のケツギョかしら。口絵は日本画の竹内栖鳳と洋画の林重義だね。栖鳳の画題はお得意のカツオだ。活きがよさそうじゃないですか。


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 何をそんなに興奮しているのかって? ですから、あの戦前の名店「花の茶屋」の機関誌なんですってば。なにせ花の茶屋は文学史の大事な舞台なんですよ。本山荻舟や長谷川伸、直木三十五、江戸川乱歩らが大衆文学を世に認めさせようと立ち上げた「二十一日会」の会場でしたし、芥川賞と直木賞は花の茶屋での会議で生まれたんだから。今でこそ選考会会場は「新喜楽」だけど、時が時ならこの店で開かれたっておかしくないくらい。それが証拠にここにほら、文芸春秋社主の菊池寛も直木三十五も文章を寄せているでしょう。文芸春秋社は昭和2年に麹町から内幸町のダイビルのところに引っ越してきたんで、社員がよく使うようになったのかも。ちなみに花の茶屋があったのはね、今の日比谷シャンテ前の広場あたり。このほかに内幸町の日比谷セントラルビルの裏あたりに支店も開いているしね。
 そもそも花の茶屋主人の井上太四郎といえば、丸の内あたりじゃあちょっとした顔だったんですよ。ここに井上がモデルになった割烹着姿の彫像の写真があるでしょう。作者は日名子実三。柴田書店から歩いていけるところにある、日本サッカー協会のシンボルマークの八咫烏をデザインしたのはこの彫刻家なんだから。


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 それがどうしたですって? じゃあ、東京音頭ならご存じでしょう? あの夏の定番曲はもとはといえば井上太四郎たちが考えついたんですよ。夏といえば田舎に行けば盆踊りがあるが東京にはない、ここは一つ丸の内の繁栄のために街の音頭を作ろうってね。心意気が嬉しいじゃありませんか。このアイデアは芥川賞と違って風呂屋の朝風呂で生まれたそうで、席上(湯船中?)にいたのは井上のほか、西洋料理の「松本楼」の主人だったと作詞担当の西條八十が戦後『唄の自叙伝』で回想してます(『西條八十全集17巻所収』)。もっとも作曲担当の中山晋平は昭和10年の東京日日新聞で、一緒にいたのはおでんで有名な「富可川」主人だったと答えてる。まあどちらにしても井上が関わっていたのはまちがいないでしょう。昭和7年夏に日比谷公園で踊られたこの丸の内音頭を、10月に東京市が大拡張されたのに合わせて翌年替え歌にした。それが今の東京音頭ってわけ。この拡張以前は東京は15区で、品川も目黒も世田谷も大森蒲田も渋谷も中野も豊島も荒川も板橋も足立も葛飾も江戸川もみーんな郡の一部だったんだからね。

 おいおい、東京音頭も知らないの? 弱っちまったなあ、現代っ子てのは…。あのね、今もコンビニで売っている「週刊朝日」って雑誌があるでしょう。あれは大正の創刊当時はふた周りくらい大きなサイズのグラフ誌っぽい造りで、アメリカで活躍していたジャーナリストの翁久允を編集長に迎えたハイカラな雑誌だった。井上太四郎は翁と知り合いでね、当時の週刊朝日にしちゃ珍しい料理記事を寄稿してるし、彼にいろんな文化人を紹介してもらったんですよ。もともと彼は顔が広くてね、この雑誌の表紙を描いた小室翠雲に同行して北陸旅行をしたり、富可川主人が発行した小冊子「おでんの話」に松崎天民らと共に寄稿したり。芸術家の岡本太郎がご両親の岡本一平とかの子と一緒にヨーロッパに渡ったとき、送迎会は花の茶屋の箱根支店で開いたんだから。あの柳田國男だって『味冴』の別の号に、「花の茶屋 楽書」って文を寄稿しているし。私にとっちゃ雲の上みたいな古本蒐集の大家、斎藤昌三が報告しているんで『定本柳田國男集別巻5』にはこのタイトルのみ収録されてますけどね、文章そのものは行方知れずなんですよ。だから昭和3年の「味冴」だったら、いったいどれくらいの価値があるか…。あ、この号はいくらしたかっていうと4200円。まあ1万円出したって惜しくはありませんけどね。
 え、ここに1000円って書いてあるって? やだね、めざとくて。実はねえ、抽選に当たった雑誌を入り口で受け取って、ほくほくもので即売会の会場に入ったら、いま見たばかりの表紙がこっちを向いて棚にちょこんと置かれてたんですよ。そりゃあ、たまげたねえ。帳場の人に変な顔をされたけど、無視して両方とも買いました。そっちは1000円だったんだけど、ひとケタまちがっていたのかねえ。


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 なあんだ、ほんとはそんなに珍しい雑誌じゃないんだろうって? うーん、もしかしたらそうなのかなあ…。大学や公立図書館の蔵書目録に載ってないだけで、学者先生の研究室や書斎には結構転がっているのかなあ。なにせ花の茶屋には、島崎藤村が田山花袋を誘って食事に行っているんだよねえ。そのときのお誘いの手紙は『藤村全集17巻』に載っているし、藤村は花の茶屋をモデルに『食堂』って小説も書いているしねえ。
 食堂なら青空文庫に入っているからパソコンで読めるって? まったく、変なことには詳しいんだから。デジタル世代ってぇ奴かい? 本もろくろく買わないで画面でばっかり文字を追ってちゃいけませんよ。「器は料理の着物」って、どっかの人が言ってたろう? 本もおんなじですよ。ただ食べるだけなら使い捨て容器、ただ文字を追うだけならデータのほうが楽で便利だけど、こうして現物の風合いに触れたり、今日はどれくらい読んだかなぁってページの厚さで進み具合を確かめたり、顔の上にのっけて居眠りしたりするのもまた読書の楽しみなんだから。ブログなんてぇ代物を読むのもね、たいがいにしたほうがいいですよ。
 だいたい食堂はちょっと可哀想な作品でね。同時期に書かれて同じ単行本に収録された「嵐」がうんと注目されたもんだから、島崎藤村の作品の中じゃあ脇に追いやられちゃった。食堂は新潮文庫の『嵐・ある女の生涯』には入っているものの、巻末の解説はやっぱり嵐中心で、一言も触れてもらえてない。嵐は岩波文庫にもなっているけど、これにいたっては食堂をはずしているからね。そういう事情は本の形で現物を見ないとぴんとこないかもね。
 デジタルの食堂は全部読んだかい? ほおらみなさい、いつでも簡単に読めると思うと逆になかなか読まないもんだろう。いいかい、主人公のお三輪さんは京橋の料亭「小竹」の女将でね。関東大震災ですべてを失って浦和に避難してたんだけど、復興途上の東京で息子の新七が独立したもんだから、震災から1年経ったのを機に彼の新店を見にいくっていう話さ。福岡の新聞に連載されたのは震災から4年ちょっと後だから、当時の読者にとってはついこの間の話という設定だね。お三輪さんが震災の際に逃げのびた先が、たまたま店で7年間奉公していたお力と金太郎夫婦のもと。それがきっかけで新七は彼らとともに、従来の割烹店とも違った新しい形の“食堂”を始めたっていう筋書きだ。
「お三輪は震災後の東京を全く知らないでもない。一度、新七に連れられて焼跡を見に上京したこともある。小竹とした暖簾の掛っていたところは仮の板囲いに変って、ただ礎(いしずえ)ばかりがそこに残っていた。香、扇子、筆墨、陶器、いろいろな種類の紙、画帖、書籍などから、加工した宝石のようなものまで、すべて支那産の品物が取りそろえてあったあの店はもう無い。三代もかかって築きあげた一家の繁昌もまことに夢の跡のようであった。その時はお三輪も胸が迫って来て、二度とこんな焼跡なぞを訪ねまいと思った」
「《あれから、お前さん、浦和へ着くまでがなかなか大変でしたよ》とお三輪も思わず焼出された当時の心持を引出された。《平常(ふだん)なら一時間足らずで行かれるところなんでしょう、それを六時間も七時間もかかって……途中で渡れるか渡れないか知れないような橋を渡って……浦和へ着いた頃は、もう真暗サ。あの時は新七が宿屋を探してくれてね。その宿屋でお結飯(むすび)を造ってくれたとお思い……子供がそのお結飯を見たら、手につかんで離さないじゃないか。みんな泣いちまいましたよ……》」

 今こうして読むと、ちょっと身につまされるところ、感じ入るところがあるね。震災で奪われた店と江戸の香りの残る街の思い出。そうしたものを踏み越えて新しい道に進もうとする店。料理業界の人にはぜひ読んでほしいねえ。ここに出てくる新七が開いた芝公園の「池の茶屋」のモデルが、「花の茶屋」ってわけ。
 そうそう、話が後先になるけど「花の茶屋」は開業当時は芝公園の弁天池の向かいにあったんだよね。“芝公園の花の茶屋”ってきいて、公園の中で団子や飲み物を売ってる売店を想像する人がいるかもしれないけど、そりゃ“飯店”を一膳めし屋と思うのと同じくらいにそそっかしいからね。芝公園てのは住所のことだし、ささやかだけど、京都の丸山公園の茶店風に茶道具などを並べて、素人料理ながらもおでんに鍋、鯛ちりだって出していたんだから。それが震災後に、中国風の調度に変えて一品料理の店として営業し始めた。ほら小説にも、こう書かれているでしょう。
「お三輪は椅子を離れて、木彫の扁額(がく)の掛けてある下へも行って見た。新七に言わせると、その額も広瀬さんがこの池の茶屋のために自分で書き自分で彫ったものであった。お三輪はまた、めずらしい酒の瓶が色彩として置いてあるような飾棚の前へも行って見た。そこにも広瀬さんの心はよく働いていた。食堂の片隅には植木鉢も置いてあって、青々とした蘭の葉が室内の空気に息づいているように見える。どことなく支那趣味の取り入れてあるところは、お三輪に取って、焼けない前の小竹の店を想い起させるようなものばかりであった」

 これだけ細かくディテールが描かれているのは、実際の花の茶屋が参考になっているからでしょうね。ちなみにお力夫婦は井上イチと太四郎のことだけど、新七はたぶん中村竹四郎がモデルじゃないかなあ。
 それじゃあ広瀬先生のモデルは誰かって? そりゃほれ、星岡茶寮を開く前の北大路魯山人にきまっているじゃあないですか。(この項続く)

 
 

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投稿者 webmaster : 12:08

2011年06月27日

はじめてでも大丈夫!『いちから始めるインドカレー』 編集担当者より♪

06115.jpg『いちから始めるインドカレー』
著者:マバニ マサコ
発行年月:2011年6月30日
判型:B5 頁数:120頁


スパイスを多種類使えば、それだけ味の深みは出ますが、
家庭で何種類ものスパイスを揃えるのはなかなか大変です。

初心者でも作れることを前提にした本書では、
あくまでも 最低限のスパイス で作れ、
しかも "インド人もおいしい" というレシピをご紹介しています。

何度も試食をし、OKを出してくれたのは、
インドにルーツをもつ著者のご主人。

おかげでカメラマンと編集者は、
撮影後に毎回おいしいカレーをいただくことができました。
毎日毎日カレーを食べ続けてくださったご主人に感謝です。

同じカメラマンによる3冊目の本ということもあり、
撮影はリラックスムードの中進められましたが、
今回はプロセス写真が多く、
著者にとっては今までにない作業量の多さでした。

いい本を作りたい!という皆の思いが1冊になったこの本。
ぜひ、多くに方に使っていただきたいと思います。


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投稿者 webmaster : 15:02

2011年06月22日

動く、動く、伊原シェフが動く!

06116.jpg『ぜったいに失敗しないパンづくり』
著者:伊原靖友
発行年月:2011年6月30日
判型:B5 頁数:90頁

06118.jpg『ぜったいに失敗しないパンづくり』 【DVD付き特別版】
著者:伊原靖友
発行年月:2011年6月30日
判型:B5 頁数:92頁 DVD収録時間:65分


動く、動く、伊原シェフが動く!
パンづくりムービーの顛末


06116_4.jpgパンの本を何冊か編集して、
気づいたことがあります。

パンづくりのこまかい作業を説明するのに、
レシピと写真だけでは限界があるな、と。
読者の皆さんが、
パン教室に通う気分で楽しめるDVDをつくろう。
そんな決意で、この企画はスタートしました。


先生役はツオップの伊原靖友さん。
行列のできる人気ベーカリーのオーナーシェフです。
伊原シェフはプロ中のプロですから、腕の確かさは言うに及ばず。
家庭でプロ並みのパンをつくる裏ワザを、次から次へと披露してくださいました。
そのよどみない手さばきといったら……。
スタッフ一同、思わず見惚れました。

さらに、蓋を開けてみたら、トークもすごかった!
ナレーションいらずの、台本いらず。
伊原シェフは、教室や講演をいくつもこなす“パン伝道師"でもあります。
当然、トークもプロ級なのでした。

シーンと静まりかえった現場でカメラがまわり、全員の視線がシェフに集中。
そんななかでも、普段通りてきぱきと動き、顔はいつものニコニコ顔、ひたすら平常心。
いや、お見事。ただモノではありません。


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本の説明や写真だけでもおいしいパンはつくれますが、ここはぜひ、
“動く伊原シェフ"をとくとご鑑賞ください。
映画のことをモーション・ピクチャーなどと申しますが、動く映像には、
代え難い威力と魅力があるものです。


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ちなみに、パンの質感を見せるために半分に割っている美しい手タレは、
ツオップの“宣伝部長"こと、奥様のりえさんです。
こちらはマネージングのプロ。スケジューリング、パンのフィリングづくり、
シェフの撮影アシスタントと、何から何まで仕切れる凄腕です。


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投稿者 webmaster : 10:01

2011年06月17日

ごはんの魅力、再発見!『旬ごはんとごはんがわり』 編集担当者より♪

06114.jpg『旬ごはんとごはんがわり』
著者:田中博敏
発行年月:2011年6月27日
判型:B5変 頁数:212頁

 目次をながめていただくと気づかれるかもしれませんが、
第二章の炊き込みごはんの段に、新玉ねぎ、新生姜、新牛蒡、新丸十と、
“新”のつくごはんがいくつかあります。
これはその年の一番最初に収穫した野菜です。

“新”は持ち味がちがいます。
新玉ねぎは水分をたっぷり含んでいるので、肉厚です。
甘みもあります。新生姜は清々しい独特の香りと辛みがあります。

新牛蒡はやわらかです。新丸十は皮がとてもやわらかい。
これらの持ち味を生かした炊き方を紹介しています。

これがプロの仕事です。

本書にはこのような技が詰まっています。
「面倒で難しいのでは?」そんなことはありません。
なにしろ“ごはん”ですから。
でも、知っておくのと、知らないのでは、雲泥の差となって、味にあらわれます。


06114_1.jpg 私の一番のお気に入りのごはんは
“りんご粥”です。

熱々の七分粥に、
粗おろしにしたフレッシュなりんごを混ぜるだけです。
りんごの甘酸っぱい香りと酸味が、
なんともいえません。

風邪をひいてお腹をこわしたときなどに、
試してみたいですね。


 お茶漬けの頁をご覧ください。
“あさり山椒煮茶漬け” “しらす地芽煮茶漬け” “茗荷焼き味噌茶漬け”
“榎木茸時雨煮茶漬け” “野沢菜茶漬け”などなど。
熱いごはんの上に、佃煮風の常備菜をのせて、 お茶やだしをかけるのですが、
なんとここだけで11種類もの常備菜のつくり方を紹介しています。


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これらは、お茶漬けだけでなく、熱いご飯にのせて食べていただいてもいいし、
もちろん白いごはんに混ぜてもいいでしょう。
一つのレシピで一つの料理と決めないで!
みなさんのアレンジ次第では2つにも3つにも広がります。


06114_2.jpg 焼き餅三種。
香ばしく焼いた磯辺巻きですが、
みなさんのところでは、
いつも醤油味ばかりではないですか?

 ここでは、あぶった切り餅に、
ぴりっと辛い柚子胡椒醤油を塗ったり、
胡麻塩だれを塗ったり、蕗の薹味噌を塗ったり……。
 醤油と塩と味噌ベースのたれを塗って
趣向を凝らした焼き餅です。

もちろん“焼きおにぎり”に塗ってもおいしそうですよね。

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投稿者 webmaster : 09:49

2011年06月15日

料理本のソムリエ [ vol.23 ]

【 vol.23】
ガッテンいかない“魚のさばき方”

 「料理本の…」というタイトルなのにいきなりテレビの話で申し訳ありません。今回取り上げるのは3月2日NHKが放送しました「ためしてガッテン」の「出た!魚さばき必勝法」です。こりゃまた古い話をいまさら蒸し返して…、と思われるかもしれませんが、震災の前日に書いたため、ずっとお蔵入りしていました(まちがっていつもと違うフォルダに保存したうえ、つい「NHK」なんてわかりづらいファイル名をつけたため、PC内で行方不明になってたせいでもありますが)。いつにも増して長いのですが、我慢してお付き合いください。NHKなので今回は休憩のCMも入りません。「おひけぇなスッテゴサウルス」とか「儲かりマッカートニー」とか「ぼちぼちでスワン」とか「ようこそお越しヤスシキヨシ」とか「ぶぶ漬けでも一杯どうドストエフスキー」とか、楽しい仲間をぽぽぽぽーんと考えたのですが、こちらは全部お蔵入りです。

 魚をおろせる人とおろせない人との差は、「ある骨」の存在を認識しているかどうかによる、というのがこの回の放送のキモでして、包丁ではなく刃のついていないステーキナイフでおろすとうまくいくというのが新提案でした。この番組、料理に科学のメスを入れるという視点(それが可能な潤沢な予算はみなさんの受信料のおかげです)がなかなか面白く、「クーブイリチーはだしをとったあとの昆布で作ったほうがうまい」なんて話は、実際に失敗した経験があった当方としてはガッテンすることしきりで勉強になります。ただ、ときどきとんでもないこともやらかします。前にも放送内で、四川料理の基本食材である「酒醸(チュウニャン)」が日本では手に入らないと言いきってました。確かに現地のものは日本の麹とは菌が違うそうですが、業務用製品もありまして、ネット販売でも手に入るんですよねえ。業務妨害とか言われかねませんよ。
 結論からいうとこの放送を見ただけでは、アジやサバといった一部の魚しかおろせません。以前カマスをおろそうとして苦労した私の弟がこの放送を見たというので、「こりゃ面白い、素人がテレビの知識を武器におろせるようになるかどうか実験してもらおう」と思ったのですが、彼は彼で大事なポイントの説明が欠けているのにちゃんと気づいておりました。ちえっ。一度でも魚をおろしたことのある人は別のところで頭を悩ませており、それが番組中に描かれていないのが一発で見破られております。
「それじゃあ、魚をおろす際の大事なポイントってなあに?」
「それは魚の骨の構造です」
「ええー、それって放送でも言ってたじゃん、どういうことー??」(立川志○輔風)

 はい、ここで今回のテーマです。「コツはコツでも骨違い。憎々しいのは肉間骨(にくかんこつ)」。
 まずは図をご覧ください。魚の断面図です。

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テレビでは骨に着目したのはよいのですが、説明の仕方がいけません。魚の中央に走っている骨をただ「背骨」と一言で片付けているようでは、重要さがまるきりわかっていない証拠です。魚の背骨は人間の背骨と違って突起のように細い骨が突き出しています。そこでここでは脊髄の入った太い部分のみは「背骨」、細く長くのびている骨(神経棘)を含めた場合を「中骨」と呼びわけることにいたします。中骨とは90度の向きに背骨から突き出ている短いほうの骨は「小骨」とします。肋骨は「腹骨」ですね。
 テレビで注目していた「ある骨」とはヒレを支える担鰭骨(たんきこつ)なんですが、これはそんなに重要ではありません。なぜなら背ビレや腹ビレ沿いに中骨へと向かって並んでいるため位置がはっきりしていまして、素人でも扱いやすい骨だからです。だいたいは中骨をはずすときにヒレと一緒に取れてしまいますし、身に残ったら残ったで、端なので切り落とせばよいのです。

06060_4.jpg 魚をきれいにおろせない人は包丁の先端がこの担鰭骨にひっかかるから、と説明していましたが、はたしてそうかなあ。実際に初挑戦の人たちが苦心惨憺おろしている映像を見ていると、みな一気に魚をおろす「大名おろし」と呼ばれる方法でやっておりました。どちらかというとこの方法に問題があるのです。なにしろただでさえ骨に身が残りやすく、「大名のように贅沢なおろし方」という意味のおろし方なんですから。ただし包丁を入れる回数が少なく済みますので、慣れたプロはこの方法も使います(細長い魚に向いています)。

 中骨から身をはずす作業ではテレビの言うとおり、無理に切ろうとせずに、包丁の刃は当てるだけで自然にはがすように切り開いていきます。慣れない素人の場合、身に切り込んでしまって中骨に肉を残しやすい。中骨の柔らかい魚の場合(平たいマナガツオとか)は、逆に骨へ切り込んでしまいそうになることもあります。その点で、刃のないステーキナイフで、身を骨からはがすようにおろしていくのも一つのアイディアでしょう。
 問題は小骨です。身に食い込んでいるので切りはずさなければなりません。ステーキナイフではちょっと無理。ところがテレビではそこをさらっと流しています。じゃあ、小骨を切断せずにひっぺがすようにして引っこ抜けというのかしら(小骨が身に深く食い込んでおらず、身質が固い魚であれば、ちょっとくずれて汚くなりますがやってやれないことはありません)と思って見ていたら、ちゃんと切りはずしたようです。三枚におろした後で、小骨を抜く作業について説明をしていたのがその証拠。切断しなけりゃ小骨は身の中に残りませんからね。プロは骨抜きで抜き取りますが、これをおこたると刺身で食べるときに支障となります。
 小骨の形や長さは魚種によって差があるうえ、生えている本数も違います。弟がカマスで懲りたのは、身が薄いくせに背骨が太く、柔らかくて崩れやすい身に長い小骨が食い込んでいて取りづらいからです。ちなみに小骨は「肉間骨」と言いまして、「上椎体骨」(じょうついたいこつ)、「上神経骨」などが含まれます。その名の通り肉の中に入っているから厄介なのです。ハモは特に発達していまして、骨切りしなければ食べられないのはそのためです。イワシやニシンの場合は歯ブラシみたいに細くて長い骨が背骨からにょきにょきたくさん生えていますが、これも発達した上椎体骨や上神経骨です。ご関心の向きは緑書房の『新魚類解剖図鑑』をご覧ください。2冊組の旧版時代と違って、オールカラー。魚の骨格の説明がよりわかりやすくなっております。
 素人が魚をおろす際のコツは、この一番厄介な小骨を切る作業を後回しにすることです。まず腹の身を中骨からはずします。包丁は背骨と同じ向きにして、刃渡りを長く使うようにします。大名おろしの方法でおろしますと包丁の向きは背骨に対して垂直になるので、中骨と中骨の間にひっかかりやすいのですが、これなら中骨の流れに沿ってすべるようにはがせるはずです。

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 次にぐるりと180度魚を回して、背側から中骨の上の身を同じ要領ではがします。そして最後に包丁をねかせて力を入れて背骨から小骨と腹骨を切りはずしながら身をはぎ取ります。テレビでもちゃっかり説明なしにこの手順で魚をおろしておりました。ただし逆に背のほうから包丁を入れていたようです。この方法では作業のたびに魚の向きをまな板の上でくるくる変えなければならず、素人は頭がこんがらがりますので、細かく手順を教えてあげるべきでした。

06060_3.jpg  プロの場合はいちいち魚の向きを変えるのが面倒なので(あまり動かすと身が傷みますし)、腹側の身をはがしたのち、背骨から腹骨と小骨を切りはずしてから、背骨を乗り越えるようにして背側の身を切りはずす場合もあります。アジの開きみたいな要領です。ただしそれも、アジのように背骨が平らで乗り越えやすかったり、身質がしっかりしていてめくってもくずれない魚種の場合。背骨が太くて邪魔だったり柔らかいものの場合はちょっとやっかいなので、基本に忠実に腹側、背側、背骨の上と順におろします。
 テレビでは、骨格についての説明がないから本を読んでもおろせるようにならないなんて、他社の本(ここ大事なとこ)を映して批判していましたが、正直言って五十歩百歩ですなあ。そもそも骨格を理解することがコツだなんてとっくの昔から言われてきたことです。

05729.jpg1989年小社刊の『図解・魚のさばきかた』は共著でして、その一人はまだ「分とく山」の店長に就く前だった野崎洋光さん。本書冒頭で魚の骨と包丁の入り方の位置関係をイラストで説明しているのは、野崎さんのアドバイスによるものです。実はここまでつらつら偉そうに書いてこられたのも、この本が下地にあってこそ。当時、およそ120種類もの数の魚の下処理法や出回り時期を解説した本はほかになく、画期的な内容でした。

 しかしこの本は、手順の説明はすべてイラストでモノクロなのと、うっかりタイトルを「魚のさばきかた」としてしまったのが唯一残念なところでした。最近は完全にごっちゃになっていますが、魚は本来「さばく」ものではなくて「おろす」ものなので……。三枚さばきとか、五枚さばきとか言いませんでしょう? イエズス会の宣教師が苦労してまとめてくれたおかげで、戦国時代の庶民の話し言葉がわかる『日葡辞書』にも「vuouo vorosuウヲヲヲロス」(戦国時代だからといって「うぉぉぉ!ころす!」ではありませんよ)「iuouo sanmai voroxini suru イヲヲサンマイヲロシ二スル」という語が出てきます。「さばく」は今は鳥や動物に使われていますね。ちなみにスッポンの場合は関西では「ほどく」がよく使われます。
 そこで最近小社では全カラー写真『形別魚のおろし方』という本を出版しましたが、これはvol22でも触れたムック『素材と日本料理』の中から、魚の下処理のページを集めたものです(素材解説と料理のページのほうはこれとは別に『100の素材と日本料理』という単行本になってます)。ただまとめるだけでは前のムックを買ってくだすった人に申し訳ないので、魚種を増やした(それでも計40種ですが)うえにまな板上での魚の頭の向きがわかるようなイラストを入れました。プロセス写真は多いものでは30点とかなり細かく追いかけています。とはいえ、初心者向けにはこれでもまだ足りないくらいでしょう。

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 テレビの番組製作側としては、魚をおろすのは難しい作業と思い込まずにトライしてほしいというメッセージを込めたかったのでしょう。目のつけどころはよかったと思います。ここで縷々述べてきたような細かい説明は、ややこしそうに思われかねないので避けたのでしょう。しかしいくらなんでもはしょりすぎですし、どんな魚でもガッテン流でうまくいくというのは誇大広告すぎます。カツオやサワラは身割れしやすいし、タイは小骨が太くて固いので気をつけて……。鮮度が落ちてくるとくずれやすいですしね。テレビの方法通りなのにうまくおろせず、トラウマになってしまう主婦が現れないことを祈ります。
 あと「目からウロコのさばきワザ」なあんて副題がついてましたが、なぜかウロコの引き方は放送内で触れていませんでしたね。ホンモノのウロコはあちこちに飛び散ったりして厄介ですから、これまた素人にとっては問題なのに……。内臓やエラのはずし方も説明しなかったところから察するに、魚を買うときに魚屋さんに頼んで除いてもらえということなのでしょう。
 というわけで、ちょっと読むのにホネな今回の話はこれでおしまい。皆さんガッテンしていただけましたでしょうか。



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2011年06月09日

『簡素なお菓子』 Part 3

06112.jpg『簡素なお菓子』
著者:河田勝彦
発行年月:2011年5月14日
判型:B5変 頁数:96頁


誰 のレベルに合わせるか!

撮影の合間の会話です。

「だいたいどのくらいの技術レベルの人がつくることを
想定しているの?」 と日置カメラマン。

スタイリストの高橋みどりさんもその場にいました。

「うーん、料理はけっこうつくるけれど
あまりお菓子はつくらないような日置さんくらいの人がつくれる、
って感じかな。とくにお菓子マニアじゃなくていいの」

「みどりさんは?」
「え、みどりさんレベルは関係ないかな」

そこで河田さん。

「ひでえなぁ。失礼なやつだね」
とみどりさんに話しかける。

みどりさんは話を聞いていなかったみたいでした。
キョトンとしていて、なんのことという表情でした。
だしをとるのに鰹節を削るところからはじめるみどりさんですが、
どうもお菓子づくりのイメージがまったくなくて、つい……。
みどりさん、お許しを。

でも、お菓子のプロセス撮りをしていて、みどりさんが
「ほんと、混ぜるだけだね。なんか私にもつくれそう」
とポツリともらしたのです。

「ほんと、つくれそう」 と日置さんも。

そうして料理はするけどお菓子はすすんでつくらない私も
「できそうかも……」とつぶやいたのでした。
それくらい「混ぜるだけ」 が多かったのです。

メレンゲ菓子のムラング・コックも
ホイップした卵白をレードルで天板に持って焼くだけです。

でき上がると試食。 「おいしいね」 の連発。
ムラング・コックも香ばしくておいしかった。

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◎ムラング・シャンティイ


香ばしいサクサクの生地に
おいしい生クリーム

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◎ムラング・コック

エスプレッソと合いそうな
苦甘いメレンゲ

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◎パイナップルの
 イル・フロタント

甘い中に
エキゾチックなパイナップル


本ができ上がって献本したら、日置さんからは
「本がきたから、これでやっとつくれる」 というお礼メール。
つくる気満々。
私もつくります。

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投稿者 webmaster : 11:48