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2016年01月27日

料理本のソムリエ [vol.68]

【 vol.68】

大根もちがもち米から作られないわけ


 ほぼ10カ月ぶりのブログ更新です。まだ続くむね、予告しておいて本当によかったです。このまま社会からひっそりフェードアウトするところでした。なんだか不定期掲載の漫画みたいになってきましたが、100話まで書きたい気持ちとネタの在庫はあるんですよお。あとは時間と根気だけ。オラにみんなの元気を分けてくれ! いくつ書けるかどうかわかりませんが、どうか今年も見捨てずよろしくお願いいたします。


 さて私の正月ですが、今年は昆布と鰹節をえいやっとおごりまして、本気の一番だしを引いて雑煮を作ってみました。ただし、もちは当ブログ同様に昨年からの繰り越しでして、11月に賞味期限がきれたもの。昨年はついハッスルして自分でもちを搗いちゃったので(vol.66参照)、買い置きが余ってしまいまして。ちなみに一昨年は黒豆を炊きまして、その前の年は栗の渋皮煮でした。
毎年ひとつだけ日本文化継承の、一点豪華主義です。


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 一昨年の黒豆の蜜煮やその前の渋皮煮は小社刊『媽媽のふろしき』のレシピを参考にしてみました。この本は、著者である料理研究家の女性たちが“娘時代に親しんだような活字中心のレシピ本を現代に”というコンセプトで作られた文字本でして、「プロセスやできあがりの写真がなくても、なんとかなるさ」という前向きもしくはおおらかな向きには結構便利。365日のおかずを提案するものですから、掲載レシピ数が多くてとくに和風の料理が充実しています。


 ですが、タイトルでちょっと失敗しておりまして。媽媽(まあま)は中国語の「お母さん」のことなんですが、まず日本人には読めませんし、わかりません。おまけになんだかエッセイ風で、このタイトルではレシピ集だと言われてもぴんときません…。


 そもそも「媽媽のふろしき」とは、中国で立春のときに食べる春餅(チュンビン)をアレンジして命名した著者たちのオリジナル料理だそうです。そりゃ何だかわかるわけないわなあ。


 日本だと立春の前日に食べる料理は太巻きってことになっちゃいましたけど(vol.65参照)、中国料理だって“年中行事との密接な関わり”はちゃあんとありまして、世界無形文化遺産である和食の専売特許ではありません。


 春餅は“春の餅”と書きますが、日本人の想像するもちではなくて、小麦粉を溶いてクレープ状に広げて焼いた「ビン」のことです。細く切った肉やもやしの炒め物、あぶり焼いた肉などの具を包んで食べます。北京ダックもこれで包んで食べられることから、最近は日本の餅(もち)と中国の餅(ビン)が別物であることは、広く知られるようになってきましたね。


 それじゃあ、中国にはいわゆるもち米から作るびよーんと延びるもちはないのかしらといいますと(もちもちややこしいので、以後はもち米は「糯米」と書きましょう。そんでもって日本の餅は「モチ」といたします)、辺境の雲南地方のほうで見られることは前回お話した通り。これはちょっと特殊な少数民族の食品ですが、もっと一般的なものとしては「年コウ」っていうのがあります。こちらは春節に食べるものという点でも、日本のモチとよく似ております。春節は、立春とちょっと混同しちゃいそうですが、旧暦の正月のこと。太陰太陽暦ってややこしいですねえ。


blog68_002_02.jpg さて、ここまで書いておおいに弱ったのですが、このブログ上では書体の都合上、コウという漢字を示すことができません。へんは米へん、つくりは羊の下にレッカ(点4つね)を組み合わせたやつ。「窯」という字から穴かんむりを取った形なんですが、わかるかなあ? ああまどろっこしい。左の写真を見てください。ちんすこうの「こう」はこの字を書きます。写真の製品では達筆で、レッカがシタゴコロみたいで米へんに「恙」みたいに見えますが。ちなみに恙の音読みは「ヨウ」、訓読みは「つつがない」。前々回のしょっぱなのあいさつは伏線だったわけですぞ(嘘)。


 ちんすこうとモチとではずいぶん印象が違いますが、コウ(仕方ないので以下はカタカナで示します)は粉から作る固めた食品のことを指す漢字だからでして、中国語での発音は「カオ」になります。


blog68_0022_02.jpg そもそもコウは米で作られることが多くなったので米へんを当てられましたが、元をただせば食へんでした…って、これまた表示できません(泣)。仕方ないので今度はこちらの画像を。またまた沖縄物産店で見つけました。「豆腐よう」の「よう」にこの字が使われてました。


「コウじゃなくてヨウじゃないのさ」、と思われるかもしれませんが、コウと同じく粉菓子の意味で食へんに恙って書く例もあるそうです。こちらの場合はまさしく音読みはヨウです。


 それよりも、なんでトウフヨウにこのコウの字を当てるのかが、よくわかりませんでした。粉菓子みたいな形だから?と思ったのですが、豆腐ってもともと四角いものねえ。ちなみに中国では麹で発酵させた豆腐は「腐乳」と申します(vol.16参照)。食へんに恙って書くつもりが達筆すぎてこんがらがっちゃったんですかねえ。


 なおコンビニやスーパーで売っているマーラーカオの「カオ」は米へんのコウの字を書きます。「マーラー」のほうは「麻辣」じゃなくて(甘いもんねえ)、「馬拉」でして、マレーシアという意味です。マレーシアにはこういう蒸しパンみたいなお菓子があるのかしら。お隣のインドネシアには和菓子のかるかんみたいにもちもちした、ボル・ククス(ボルは菓子で、ククスは蒸すという意味)というのがありますが…。


20160122150402_03.jpgworld%20cooking.jpg また台湾屋台料理の大根もちも、「蘿蔔カオ」と書きます。小社刊『食在台湾』によりますと、本場の大根もちは「在来米」と呼ばれるインディカ米から作るようです。まずひと晩水に浸けて水挽きしたどろどろの生地を作りまして、炒めた大根のせん切りや干し海老などの具を混ぜます。これを型に流して蒸し固め、提供するときに鉄板で焼くのです。


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 蘿蔔カオは形がモチみたいな米料理だから日本では「大根もち」と呼ばれて、広く親しまれていますが、台湾には「猪血カオ」という強烈なものもあります。「猪」とありますが豚のこと(中国語では豚は「家猪」ですので)でして、ひと晩水に浸けた糯米に豚の血を混ぜて、型に流して蒸したものです。


20160122150449_04.jpg ほかには「筒仔米カオ」という、筒型に糯米を詰めて蒸し上げたおこわ料理もありまして、カオといえば四角いものだと思っていた私はびっくり。


 コウ(カオ)という字が示す概念はすごく広くて、ちんすこうやマーラーカオのように小麦粉から作られるコウもあれば、インディカ米で作られるコウもありますし、粉を使わなくても今ではコウの仲間なんですね。大陸ではアイスクリームだって「雪コウ」って言ったりするものね。


 さてさて、話を戻して「年コウ」なんですが(なんかこう書くと囲碁の万年コウみたいだなあ。漢字カタカナ交じりでどうも座りが悪くて申し訳ありません)。「年年高」=「年々上っていく」というおめでたい文句と発音が同じなので、縁起物とされています。ただ、日本人にはあんまりなじみがないので春餅より知名度はぐぐっと低いです。だいぶ昔の本ではありますが、サントリー学芸賞を受賞なすった『中国料理の迷宮』には、年コウを回族の食べものって書いてありまして、タイトルに恥じない迷宮っぷりに仰天したものです。


 まあ、かくいう私も年コウってどうやって作るかまでは知りませんでしたが、3年前に、この年コウを扱った中国書の和訳が出版されました。原題は『慈城年コウ的文化記憶』(ただし中国の出版物だから字は簡体字です)なんですが、翻訳版ではマイナーな漢字を本のタイトルに使うとどっかの会社のレシピ本の二の舞になりかねませんので、『中国慈城の餅文化』とされておりました。


 著者は年コウが春節に食べるものであり、原料に糯米が使われることから、日本のモチとの共通点に着目しています。なるほど慈城の年コウは真っ白で、四角く固めてあってちょっとモチと似てますね。この本、図版が豊富で、日本ではあまり知られていない中国の民俗文化に触れることができるのが貴重です。


 ただこれを読むとモチと年コウには共通点もあるけれど、相違点もかなりあることが浮かび上がってきます。慈城の年コウも横杵で搗くのですが、糯米を水に浸してから搗き、粉にしてから型に入れて蒸し固めるんです。どうも日本人の感覚からいうと、米粒を蒸してからぺったんぺったん搗かないとモチと言えない感じがします。糯米を臼で水挽きして粉にしたものは日本では白玉粉。白玉団子はつるんとした触感でおいしいのですが、モチとはちょっと違う気も…。


 日本の場合、慈城の年コウのような米粉から作る食べ物は古くは「しとぎ」といいました。今やほとんどなじみがありませんが、法政大学出版局の『もち』によると、東北地方の北部では日常食で、いろりで表面を焼いてから熱い灰に突っ込んで蒸し焼きにして食べていたそうです。


 かたや南に目を転じますと、沖縄の「ムーチー」もまた糯米の粉から作られます。どんな味なんだろうと思ってちんすこうと豆腐ようを購入した上野の沖縄物産店で探したのですが、扱っておりませんでした。うーん残念。


 ムーチーは発音通り「餅」と書きますが、搗くのに横杵は使わず、旧暦の12月8日に食べられるとか。この日は中国でいう臘八節。中国では「臘八粥」という穀物入りの甘いお粥を食べますね。また沖縄ではご先祖様を祭る4月の清明祭(シーミー)でもヨモギ(フーチバー)を入れたフーチムチが欠かせないそうです。


20160122150513_03.jpg 沖縄に近い台湾でも、清明節にヨモギのペーストと糯米を練ったモチをお供えすると『食在台湾』にありまして、よく似た習俗です。ただネットを検索してみますと、この日に「潤餅」(ルンビン)を食べる地域もあるようです。潤餅は、具をクレープ状の生地で巻く「春餅」によく似た料理。さあ、またわからなくなってきたぞ。大陸から来た外省人の人たちが持ち込んだものなのか、昔からあるものなのか…。


20160122154255_02.jpg なお、日本の草モチの作り方には蒸した糯米にヨモギを入れて搗き混ぜる方法と、上新粉で作る方法とがあります。おおそういえば、上新粉はうるち米を水でふやかして柔らかくしてから粉にしたもので、糯米じゃありませんぞ。柏モチもそうですが、普段意識していないだけで、意外とうるち米から作るモチっていうのも日本にありますねえ。


 

  


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投稿者 webmaster : 2016年01月27日 17:20