« 日本料理の基礎 『刺身と醤油の本』 | TOPページへ | 『専門料理2013年9月号』 編集後記より »

2013年08月14日

料理本のソムリエ [vol.58]

【 vol.58】

夜トマトダイエットは
甘ーいフルーツトマトでもいいの?

 暑いですねえー。梅雨の話でも書こうかと思っていたら、東京は七夕前に明けちゃったよ。織姫、彦星大喜び。一方東北や北陸は8月になってようやく梅雨明けを迎えたようで、その差はなんと1カ月。今年の夏はいったいどうなってんでしょうかねえ。

 さすがアベノミクス、野菜の値段がだいぶ上がってらあ、と思ったら猛暑やら少雨やら豪雨やらで、日本のあちこちで野菜の育ちがかんばしくないそうです。その点、わが家は自衛にぬかりありません。柴田書店の盟友、七つ森書館(vol.20参照)の『おいしく育てる菜園づくりコツの科学』『有機農業コツの科学』を社内で見つけまして(何でも落ちてるね、この会社)、それを教科書に野菜作りに精を出しております。

 震災の年からグリーンカーテン作りを始めたわが家でありますが、1年2年と経つうちにあの暑い夏の記憶は風化し、葉っぱよりもぶら下がるもののほうに魅力を感じるように。今年はキュウリを植えてみました。もはやただの家庭菜園であります。涼しくなるために始めたのに、この炎天下でせっせと水やりにいそしんだりして、最初の目的はどこへやら。

 一応無農薬で育てておりますが、拾った教科書が有機栽培の本なのと、隣に洗濯物を干しているためでして。たかだかプランター栽培だし、街中なので害虫といってもアブラムシやヨトウムシくらいしかつかないし、園芸用薬剤ってのもばかにならないし(本音)。

 そんな愛情は注ぐが金はかけていない可愛い可愛いわが家のキュウリですが、ある日根元から元気な子ヅルが伸びてきました。よしよし葉っぱと花が増えるのは大歓迎と思っていたら・・・なんだこりゃ? キュウリの花の10倍くらいの大きさの花が咲きました。むむ、このひときわでかい花、どこかで見覚えが・・・。

kabocyanohana.jpg そう、あれは蒸し暑い、一昨年の夏のことでありました・・・。煎って食べるつもりでとっといたカボチャの種から芽がでてきたので、なにげなく植えてみたのです。そんな遊び半分の軽い気持ちで始めたのがいけなかったのでしょうか・・・。雄花ばかりで、たまに雌花がついても受粉せず、あげくのはてに葉っぱが真っ白に粉吹くうどん粉病に。咲いてはポタリ、またひとつ咲いてはポタリ・・・。うらめしそうにいくつも地面に散っていったあのカボチャの花ではありませんか! 親の因果が子に報い、生まれいでたる南瓜胡瓜…きゃー!!

 なあんて、じつはこのキュウリの苗、台木はカボチャでありまして、そっちのほうから子ヅルが生えてきちゃったんですねえ。放っておいたらキュウリとカボチャの両方の形質を継いでズッキーニが実ったり・・・するわけもありません。キュウリの台木に使われている食用に向かないぺポカボチャが実るだけのようです。ここは心を鬼にしてチョッキン。

 それにしても実際に野菜を作ると、農家の大変さがよくわかります。家庭菜園なんて量も質もたかが知れてますし、花が落ちたって生計が立たなくなるわけじゃありません。その点、プロはいつでも結果を出さなきゃいけないのに、天候にふり回されたり相場にふり回されたり・・・。スーパーの野菜がどれも立派なのに割安で、お買い得に見えてきました。

 キュウリひとつとってもちゃんと育てるには、病気に強い台木に継ぎ木したり、風で揺れないように添え木をしたり、ネットに誘引したり、剪定したりと手間がかかること。トマトだのナスだの果菜のたぐいの作業は、なんだか花や庭木の園芸に近い感じです。

 これは江戸時代から園芸文化が発達した日本のお家芸なんですかねえ。トマトはキュウリのように長く伸びるものの、巻きつくツルを持ち合わせておらず、枝を整理してうまく固定しなければなりません。その画期的な方法として、千葉県農業試験場の青木宏史先生が昭和56年に発表したのが「連続摘心栽培」。摘心とは生長点をちょん切ってこれ以上伸びないように止めることでして、普通は主枝から分かれて出てきた脇芽は摘み取って1本仕立てにし、主枝がある程度伸びてきたら先端を摘心します。ところが連続摘心栽培では、主枝から脇芽が出てきたら主枝のほうを切り、脇芽から脇脇芽が生えてきたら脇芽のほうを切り、脇脇芽から脇脇脇芽が生えてきたら脇脇芽のほうを・・・と繰り返す。常に生えたての生きのいい若枝を伸ばしていく仕立て方なのです。トマトではほかには「つる下ろし整枝法」とか「斜め誘引整枝法」とかありまして、どれもこれも器械体操の技名か何かみたいですごそう。

 もう15年くらい前、イタリアのサンマルツァーノ種のトマトについて調べていたときのこと。栽培農家が減ってしまった理由の一つにこの品種は栽培が難しかったから、とあったのですが、日本の農業試験場に聞くとそんなことはないという。どうも意見が合わない、おかしいおかしいと思ったら、加工トマト品種は通常「芯止まり」と呼ばれるある程度以上丈が伸びないタイプでして、支柱も立てずに放っときぱなしなのに対し、サンマルツァーノは例外だったのです。いっぽう日本の生食用トマト品種はみな「非芯止まり」でして、先に述べたような各種整枝法が発達しております。そのため日本の感覚でいうと、サンマルツァーノの栽培がたいして大変に思えないというわけなんですね。

 イタリア人の名誉のために一言申しますと、彼らが怠け者で作業が面倒だからサンマルツァーノが衰退したのではありません。手間いらずで安く作れるように改良された新しい加工用品種との競争に押されてしまったということです。いくら品質がよいといっても、トマト缶は量が勝負の世界ですから、太刀打ちできなかったというわけ。

 実際、イタリアでも非芯止まりの品種のトマトもまだまだ栽培されていまして、シチリアのパキーノのようにブランド化に成功したものもあります。『イタリア・トマトのすべて』によると、カンパーニャのチェリートマトも鈴なりに実をつけるタイプで、まだ青いうちに枝つきで収穫して、束ねて吊り下げて翌春まで保存するのが伝統だそうです。これを「ピエンノロ(振り子)」というとか。おお、こっちもなんか技名みたいで格好いいぞ。この本はちょっと大判ですが、図版が豊富。缶詰加工の歴史やEUの規定に翻弄されるイタリアの栽培事情についても詳しく、現地のトマト栽培の実際について知りたい方にお勧めです。

senmon_199808_tomato.jpg

 そんなイタリアを代表する野菜のトマトも、もともと観賞用として南米からもたらされ、最初の頃は毒があると信じられていたというのは有名な話。そうしたトマトがヨーロッパに受け入れられるまでの経緯については、『トマトが野菜になった日』をどうぞ。原産地のペルーやメキシコ訪問記もありまして、野生トマトがどんな植物なのかがわかります。

 ところでトマトといえば永田農法が有名ですね。原産地に近い環境で育てるというのが謳い文句で、水と肥料を与えすぎないようにすると、トマトもホウレン草も本来備えている味になるそうです。もっとも、そもそも原産地のアンデスやイラン高原ってそんなに甘いトマトやホウレン草が出回っているのかしら、という素朴な疑問がわいて参りますが・・・。

burikusunine.jpg トマトに関しては、甘く育てるためのノウハウはかなり解明しているようで、先の青木先生の『消費者志向を重視したトマトの栽培技術』によりますと、水分ストレスをかけるとよいとあります。それには土壌水分を乾燥気味にする方法(水切り栽培ってやつですね)と、肥料を多く与えて根圏を濃度障害気味に管理する方法があるそうです。具体的には根の周りを囲うようにシートを埋めて、ある程度以上根が広がらないようにするとか・・・。群馬産のブリックスナインはまさにこれですな。糖度が10度近い甘いフルーツトマトってのも、最近は珍しくなくなっちゃいましたね。

 なお永田農法では有機肥料は否定しておりまして、液体の化学肥料を使うのが前提です。ぎりぎりの量を与えるわけですから、不確定要素の多い有機肥料は使いづらいのでしょう。永田農法創始者の永田照喜治氏は、1960年代に九大農学部の福島栄二先生と砂栽培を共同研究していたそうでして、その当時から一環して液肥主義なのです。今でいう養液栽培ですね。

 じゃあ、もういっそ液肥を加えた水の中で育てちゃえ、というのがハイポニカ農法です。球根の水栽培のようにして育てますと土の中の病原菌やら害虫の害が防げるうえに、土が成長を邪魔しないぶんぐんぐん根が伸びる。釣られて枝もぐんぐん伸びて一本のトマトが大木になるそうで、昭和60年のつくば万博で展示されていました・・・が、若い人は知らないかな。グリーンカーテンにはもってこいではありますが、根が常に新しい水に触れるようにポンプで循環させねばならず、節電にならないのが悩ましい。あと、水切り栽培と対極の方法なので、永田農法と違って甘く育てるのは難しい模様です。

 「〇〇農法」は百家争鳴汗牛充棟玉石混交。リンゴひとつで映画が作られる昨今ですが、どうも私は〇〇健康法や〇〇ダイエットの本を読んでいるのと同じ既視感にとらわれてしまいます。そのうち農パン栽培法とか、右農・左農診断とか現れたりしそう・・・。

 あ、ちなみにわが家のプランターではミニトマトも栽培しているのですが、花が落ちたと思ったら、葉色がすぐれず、すっかりおやつれになられまして・・・(泣)。梅雨明け直後のいきなりの猛暑がこたえて体調を崩されたか。はたまたちょん切られたキュウリの台木のカボチャに呪われたか。ネットで調べたら引っこ抜いて焼却処分しろですって。有機栽培関係の本を見ても、もともと健康に育つのが前提なので、病気に対する情報はあんまりありません。

 農家の場合は、病気が広まったら一大事だし、治療に手間をかけると採算がとれなくなる。だから初めから病気にならないよう、消毒したり病気を媒介する虫を殺したりしてきたわけです。そんな農薬に頼りっきりの過保護な育て方ではいけないってのはわかるのですが、病気になってもお薬ひとつ与えないってのもなんだかせつないです。

 うちのトマトは1本しか植えてないので広まりようがないし、引っこ抜いたら今年の楽しみがなくなっちゃう。そこでいちょう病を抑える効果があるとかいうコーヒーかすをダメもとでまいてみました。お金がかからないし(これ大事)。そうしたら不思議なもんで今まで枯れてばかりいたのが健全な脇芽が生えてきまして、再び花もつけました。おお、コーヒーかす農法。私はこれでみるみる元気になった!という本を書いたら売れるかしら。

 なあんて喜んでいたら中腰で作業をしすぎて、こっちが腰をいわしました。痛てててて。インドメタシンの湿布のありがたさよ。人間様にはいろいろ治療薬があって幸せですね。

  
 

柴田書店Topページへ

投稿者 webmaster : 2013年08月14日 16:11