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2011年04月28日

料理本のソムリエ [ vol.20 ]

【 vol.20】
昆布は放射能から日本人を救うか?

 大震災からそろそろ1カ月半。週刊誌やスポーツ新聞は被災地の話題が次第に少なくなるのに比例して、原発事故のほうに重きをおきつつあるように感じます。ちょうど阪神淡路大震災の2カ月後のように。あのとき、マスコミ報道はあっという間に麻原彰晃とオウム一色で染まり、復興に向けての話題はすっかり隅に押しやられたのを思い出しました。中には今振り返ってみれば笑ってしまうような誤情報もありましたね。今の原発記事がそうでない保証はありません。
 交通の便が悪いうえに広範囲におよぶ被災地へ取材陣を派遣するには、時間と費用がかかります。被災者の人生と向き合う取材は辛い仕事です。その点、原発関係でしたら現地に行かずとも有識者(?)に語らせるだけで、人目を引く記事を仕立てられます。東京電力も政府も今なら叩き放題で溜飲も下がります。そうしたマスコミの都合に踊らされ、今まさに困っている人たちへの関心を途切れさせないようにしたいものです。
 もちろん原発問題を軽んじてよいわけありませんが、いたずらに不安を煽るだけの言論も多くていささか辟易気味でして。ネット文化人やマスコミの論調を見ていると、一夜漬けの急ごしらえな知識で発言している例が多いのにも呆れます。いわば原発ゆとり世代。長年の安全PRの成果なのでしょうか。圧力容器の中がどうなっているのかはっきりわからない以上(燃料棒の溶融ばかり取り沙汰されてますが、15年ほど前にひびが見つかって慌てて交換したシュラウドはどうなっているのでしょう?)、おっかなびっくり手探りで、時間をかけて対処するしかなく、外野がとやかくいってもむなしいだけです。

 ところで工学的な考察はともかくとして、原発推進論というのは、証券会社が株や債券を勧めるのとちょっと似ていませんか? 「将来性の低いスイリョクや、枯渇とCO2が心配のカリョクよりも安いんです。分散投資は世の常識ですよ」というのがそのセールストークです。「ハイリスク商品はちょっと」「これからが有望そうなフウリョクやタイヨウコウに投資したい」という意見もなんのその、「そんな万一のことを考えてたら投資なんてできません」「ベンチャー企業に手出しすると火傷しますよ」と押し切られ、営業マンの勧めるがままにゲンパツ社債を買い続けてきたわけです。こうなると推進に賛成か反対かは、うまく売り抜ける自信があるかどうかと同様で、理屈では分かり合えない気がします。
 ところがここにきてまさかの破綻。約束が違うじゃないかと胸ぐらを捕まえても、「いやあ災害は予見できませんから」とのらりくらり。そのうえ「また新しい債券を買って運用しなきゃ、今のような生活は続けられませんよ?」ですって。上場予定という触れ込みだったモンジュとかいう株も、今や完全に塩漬け状態だというのに。どうもこの証券会社は悪徳そうな匂いがしますが、気のせいでしょうか。この取引で儲けているのは誰なのか見極める必要がありそうです。ちなみにこのゲンパツという債券、廃炉という満期を迎えたときには償還どころか、支払い額未定の手数料がかかるという噂ですが、まさかそんな間抜けな投資商品はありますまい。

 原発と放射能の問題を扱った本としては、かつて広瀬隆氏の一連の著作が話題をさらいましたね。かくいう私も80年代の『東京に原発を!』で原発の胡散臭さを知ったクチでして。原発がそんなに安全なら東京に作ればいい、送電線がいらず(送電ロスは距離に比例するので遠くに原発を作ればそれだけ無駄になります)、排熱は湯として利用できる(原発はその膨大な熱のすべてを活用することができず、温排水の形で捨てているのです)のでいいことずくめではないか、という挑発的な本でして、建設候補地は新宿の淀橋浄水場跡でした。ぼやぼやしていると原発誘致運動が始まってしまうとでも思ったのか、そこに都庁が建ってしまったので、今なら豊洲あたりがいい候補地かもしれませんね。都知事は以前、東京湾に原発を作ってもいいとおっしゃっていましたし。この本はのちに集英社文庫に入りましたが、JICC出版局の元版のほうが構成もデザインも優れていたと思います。
 広瀬氏の本はスリリングな書きぶりで読み物としては面白いものの、専門家ではないために科学的には疑問符が多いと言われてますし、陰謀史観もてんこ盛りで副作用が強すぎます。専門家からの批判としては、圧力容器設計者の田中三彦氏の告発『原発はなぜ危険か』(指摘されているのは福島第1原発4号機の圧力容器です。今回点検中だったのは不幸中の幸いでしたね)や、核科学者の立場から生涯を通して反対してきた高木仁三郎氏の一連の著作が古典としてはずせません。

 気になる食品に対する影響としては、講談社現代新書の『食卓にあがった死の灰』が、『食卓にあがった放射能』と改題されて七ツ森書館から復刊されております。ちなみに七ツ森書館は柴田書店と本郷時代からのご近所で、DTPでお世話になったりしております。広瀬氏がかぎつけて「マスコミが裏で結託している!」と言われる前に、先手を打って公表しておきたく。まあ互いに得意ジャンルが遠すぎて、共謀しようがありませんが。
 この本は、チェルノブイリ原発事故とヨーロッパの食品汚染被害を考察した本でして、当時のソ連政府の広報が後手後手に回って被害を拡大していった様子や、各国政府がどう対応したかが解説されており、他山の石となります。ただし運転中の黒鉛炉が炎上したチェルノブイリと福島原発では状況が違いますし、1986年の事故発生から4年後に出版されたという時代の制約もあります。せっかくだから復刊にあたって、最新のデータと知見も増補してほしかったですね。たとえば東京都はチェルノブイリの事故以降、都内に流通している輸入食品の放射能汚染の検査をずっと続けております。暫定基準の370ベクレルを超える放射性セシウムに汚染された食品は、ここ最近でも06、07、09年に1点ずつ見つかりました(検査した試料の数は06年は257点、07年は270点、09年は329点)。こんなにも影響が続いているのか、こんなにも身近な存在だったのかと驚いた次第です。

 放射線防護学の立場から説いたものとしては、安斎育郎氏の『家族で語る食卓の放射能汚染』がわかりやすく、増補改訂版も出ております。食品の放射能汚染の厄介な点は、これ以下ならば大丈夫という“しきい値”がない、すなわち「どんなに微量でも放射線量に比例して癌になる可能性が高まる」(反対する説もありますが決着がついていません)ことにあります。安斎氏はこれを“癌当たりくじ”といういやーな貧乏くじにたとえます。放射能が低ければ(つまり当たりの数が少なければ)、癌になる確率は低くなりますが、低いなりに癌になる可能性は残ります。そのため流通を規制しようにも、どこで区切ってよいのか線引きが難しい。今回放射性セシウムの暫定基準値が370から500ベクレル(野菜の場合)に引き上げられたのは、こうした事情からです。そして実際に癌になったとしても、発癌性物質や天然放射性物質のしわざと区別がつかず、責任を問うこともできません。つまり今後癌になる人が増えたとしても、そのうち誰が当たりを引いたのかは最後までわからないわけです。

sobaudon37.jpg また大人よりも細胞分裂が旺盛な子供のほうが影響を受けやすかったり、放射性物質によって人体に貯まる場所が違うなどの理由から、同じ放射線量でも危険性を単純比較できません。放射性ヨウ素が危険といわれるのは空気や水から取り込みやすいうえに、骨の成長に関わる甲状腺に貯まりやすいためでして、予防には昆布が有効という噂がネット上に広まりました。その出所は、高田純氏の『世界の放射線被爆地調査』あたりではないかと思われます。高田氏は事故があったときの防衛策として、大人の場合は33グラムの量の昆布を食べて、事前に安定ヨウ素を取り込んでおくのが有効であるとしています。ただし食べてから甲状腺に届くまで時間がかかるうえに、昆布のヨウ素の含有量や吸収できる量は一定ではありません。おまけに33グラムはかなりの量(ネット上では量はまちまちで、乾燥重量と明記していないものも多いようですが)。そのため一部の報道でデマと切り捨てられましたが、これは即効性のある安定ヨウ素剤の代替にはならないというだけの話です。ヨウ素剤は、高濃度の放射性雲が迫ってきて肺からも皮膚からも吸収してしまうので、一刻を争うという時に服用するものですから。現時点では差し迫った危険があるわけでもないし、大多数の人は安定ヨウ素剤を入手できませんから、まったく食べないよりはましでしょう。

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 一度にたくさん昆布を食べられる料理としては、すぐに思いつくのは昆布巻きですが、日本料理には天井昆布という、昆布の塊のような料理もあります。柔らかく煮た昆布を何層にもぴっしり重ねてからきれいに切り整えたものです。煮昆布はすべりやすいし崩れやすく、難易度が高いため、今では作る料理人が少なくなりました。もしかしたらこれをきっかけに見直されるかもしれませんぞ。家庭の場合は沖縄料理のクーブイリチーがお勧めですね。油と一緒に食べるとヨウ素の吸収がよくなるそうですし。なお、昆布をもどした水にもヨウ素が含まれるので、昆布だしも有効です。

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 ただし安定ヨウ素であっても摂りすぎが続くと甲状腺の機能を損ねますし、昆布は今後深刻になると思われるセシウム汚染に対しては無力です。これには味噌などの発酵食品がいいとか、玄米にはデトックス効果があるとかいう意見も見かけますが、味噌はせっかく甲状腺に貯めたヨウ素の排出を促すそうですし、米の胚芽や糠層は放射性物質を蓄積しやすいそうですから、タイミングをまちがえると逆効果になるかもしれません。昆布にしても天然の放射性物質であるカリウム40を多く含む食品でして、なかなか悩ましい問題でもあります。まあ、キムチがSARSや新型インフルエンザに効くというのと、同じくらいの額面で受け取っておいたほうがよさそうかもしれません。

 癌にならないよう健康に気を遣った食生活を送るべしという意見に異論はありませんが、身体に悪いかもと思いつつ旨い物には目がない私は、きっちり養生できる自信がありません。ちょっとやそっとなら放射性物質を含んだ食品を食べても、自分はくじ運が悪いから大丈夫、と信じて暮らすしかなさそうです。おっと、これでは破綻しないと信じてゲンパツ債を買い続けるのとあんまり変わりませんが、他人に迷惑をかけるわけではありませんからよしとしましょう。  


  
  
  

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投稿者 webmaster : 2011年04月28日 13:55