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2011年01月13日

料理本のソムリエ [ vo.15 ]

【 vol.15】
素材と100の日本料理

 前回、前々回はどうも説教くさかったですね。以前このブログを読んで、落語のご隠居みたいという感想をくださった方がいらっしゃいました。本質をずばりと突いていて、実に言い得て妙と思わず膝を叩きましたですよ。小難しくて長くてくどいうえに、昔話と説教がミックスされている。そのうえよく知らないことでもさも知っているかのよう。素人が本で読んだ手品のタネを自慢げに語っているみたいです。
 そんな自覚があるのに、強情で聞き分けのないのもご隠居の特徴。反省せずに今年も続ける所存ですので、よろしくお願いいたします。

 さて新年1回目の更新分ですが、ご隠居らしく江戸時代の料理本の話題から。前回紹介した『万宝料理秘密箱』ですが、別名を『玉子百珍』とも申します。この本には鶏料理や川魚料理も登場するのですが、なにぶん100以上の玉子料理を扱っているため、後に再版する際にこのサブタイトルがつけられたのです。この「○○百珍」という書名はどこかで目にされたことがあるのでは? ○○という素材を使った100種類のレシピ集というスタイルをとるこれらの本は「百珍物」とも呼ばれるのですが、その最初の本が天明2(1782)年に出版された『豆腐百珍』です。著者は大阪の篆刻家、曾根学川。100通りもの豆腐のレシピを尋常品、通品、佳品、奇品、妙品、絶品の6種類に分類するというユニークな構成が評判を博し、翌年には同じ著者により続編の『豆腐百珍続編』が、翌々年には著者とは無関係の江戸の版元から『豆華集』が出版されました。二匹め、三匹めのドジョウを狙う出版界の体質は今も昔も変わりませんね。ちなみに便乗本の『豆華集』の出現に『豆腐百珍』の出版元は黙っておりません。序文を除いて曾根先生にこれまでの経緯を解説してもらい、『豆腐百珍余録』とタイトルのみを変えてそのままの内容で出版します。本家にコピーし返されては、抗議もできなかったでしょう。もっとも、さすがに売れなかったらしく、今や『豆華集』『豆腐百珍余録』のどちらも1、2冊しか所蔵が知られていない超貴重書であります。


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 一方豆腐モノの本が売れなくなったくらいでくじける出版界ではありませんぞ。ならばと『鯛百珍料理秘密箱』『海鰻(はも)百珍』『蒟蒻(こんにゃく)百珍』『甘藷(いも)百珍』なるものまで次々と類似書が出版されました。曾根学川は、今の世でも通用する「素材別レシピ集」というジャンルの確立者として出版界の殿堂入りは間違いありません。ちなみに原田信男教授の『料理百珍集』は、現代語訳ではありませんが、これら江戸時代の百珍物を7種類集めて活字にしてあり便利です。

tofu_1.jpgtofu_3.jpg 『豆腐百珍』と『豆腐百珍続編』は私どもの『とうふの本』でも活字化されていますが、今は絶版。尋常品はともかく、絶品の豆腐料理って何なのかちょっと気になりますよね。『万宝料理秘密箱』と同様に教育社新書から現代語訳が、さらに新潮社のとんぼの本シリーズからはカラーの写真入り『豆腐百珍』も出ていますので、そちらをご覧になるとよいでしょう。後者は「なべや」の福田浩氏が100品すべての再現にトライ。試食の感想つきという凝りようです。

 さて『豆華集』では失敗したものの、豆腐はいろんな展開が可能な素材ですから、明治以降も豆腐百珍の衣鉢を継ぐ続編は絶えませんでした。1935年には精進料理の「白雲庵」の林春隆氏が『新撰豆腐百珍』(のちに中公文庫に入りました)を、62年には「辻留」の辻嘉一氏が『現代豆腐百珍』を出版しております。

tofu_2.jpgtofu_7.jpg小社でも『豆腐100珍NOW』という単行本を出しておりました。こちらは先の福田浩氏が和風、山本豊氏が中華風、さらに料理研究家の大原照子氏が洋風豆腐料理を担当。ただし82年刊ですから、ナウいかどうかはご容赦のほどを。最新の本は96年の礒本忠義氏による『豆腐料理』ですが、こちらは豆腐だけでなく、さらにおからや豆乳、湯葉や高野豆腐などを使った料理も登場しまして150種以上。昨今の読者の方々は豆腐ばかりで100種類どまりでは、なかなか満足していただけませんからね。

 ところで豆腐は水のよい土地で作るに限るとよくいいます。だから京都の豆腐はおいしいのだ、とも。確かにたっぷり水を含んでおりますから、水のよしあしは味を左右するのかもしれません。
 ところが見落とされがちなのは、豆腐を浮かべる水なんです。以前雑誌の水の特集企画で、豆腐にどんな影響が出るか、面白半分に実験したことがあります。エントリーしたのは、ビルの貯水槽からこんこんと湧き出る「柴田書店の“おいしい水”」とわざわざ徳島から運んだ井戸水、アルカリイオン水、軟水系と硬水系の2種類のミネラルウォーターでした。これらの水を張った容器に、町の豆腐屋で買った平凡豆腐とデパートで買った富山産大豆とにがり製のエリート豆腐をそれぞれ浸けたのち、3時間後に一度新しい水に取り替えて、さらにひと晩置いてから試食したのです。
 ビルの貯め水に浸かった豆腐はたとえ生まれはエリートであっても、氏より育ち、悪い環境に染まって嫌なにおいがついてしまいました。せっかく取り寄せた井戸水も、汲んでから時間が経っておりますし、輸送に使ったポリタンクのにおいもあり、あまり結果ははかばかしくありません。その点、ミネラルウォーターは効果的だったのですが、両者で味がまったく違うのです。軟水系のほうは、豆腐の持ち味といえば聞こえはよいのですが、酸味というか大豆の渋みというか、ちょっと嫌な味も引き出してしまう。ところが硬水系のほうはミネラル多めなのが効を奏したのか、なんだか胡麻豆腐を思わせるようなクリーミーな感じになっていました。アルカリイオン水のほうもそうした変化が若干ありましたが、とにかく硬水の効果には驚かされました。大豆の香りも甘みも引き出され、普通の豆腐と高級豆腐の差などは吹き飛んでしまうほどでした。
 まあ、それ以上は追求しなかったので、その時たまたまだったのか、何かミネラル分が原因だったのか(アルカリイオン水の原理は電気分解で人工的にアルカリ基のミネラルを添加することにありますから)、詳しくはわかりません。ただ、簡単にできる実験なので、ご関心の向きはお試しあれ。もしかしたら豆腐と水のベストな組み合わせが見つかるかもしれませんよ。漫画の『美味しんぼ』の第1話で山岡先生は見事豆腐を食べ分けておりますが、こうした姑息なトリックを用いたならば、どんな結果になったことやら。

tofu_5.jpg この漫画では豆腐に旅をさせるな、というキャッチフレーズも紹介しておりますが、連載が始まった80年代と違って、豆腐の作り方も多様化しております。以前は豆腐容器に1丁ずつ流し込んで作る「充填豆腐」は、水っぽくてくずれやすいのをごまかすため、なんて言われていましたが、今の製品は充填豆腐でも結構しっかり固く作っています。充填するのは機械のラインの衛生環境を保ち、保存性を高めるほうに目的があるようでして、確かに最近のスーパーの豆腐は日持ちがよいですよね。

また小さなザルに詰めた「ざる豆腐」は水切りがよいせいか、これまた結構輸送に耐えます。おかげで京都だの大分だのから長旅してきた豆腐を、東京でも見かけるようになりました。ただし、芽胞という状態で眠っている細菌は加熱に強いので、豆腐作りの加熱工程くらいでは完全に殺菌できませんから、どうしたって缶詰のように長くは持ちませんが。

 まあ実を言いますと、どんな名水から作った豆腐でも、旅をしない新鮮な豆腐でも、肝心なのは料理の腕。先の『新撰豆腐百珍』では、「茶と豆腐は水質よりも煮方の巧拙に拠るところ多し」と喝破しております。素材自慢よりもまずは基本の調理をしっかりと、ということですね。


  
  
  
 

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投稿者 webmaster : 2011年01月13日 18:24