« 『フードコーディネーター 用語集』 | TOPページへ | 日本語版とは違った楽しみ方! »

2012年10月26日

料理本のソムリエ [vol.46]

【 vol.46 】

鉄人鉄人どこへゆく

 およそ3カ月ぶりのごぶさたです。前回のブログを書き終えてみたら、図らずも夏休み宣言ぽい締めくくりになったので、なし崩しにそのままお休みをとらせていただいておりました。「それにしたって長すぎるだろ」とおっしゃられるかもしれませんが、8月から小社は毎年恒例の新刊ラッシュでHPの編集部だよりは更新につぐ更新、このブログの出番がありませんでしたし。あと、私も別段さぼっていたわけではなくて、このラッシュアワーになんとか乗り遅れまいと大汗をかいていたので休んだ記憶がありません(泣)。左うちわどころか、背中のほうでぶんぶん回っている扇風機の音が夏の思い出です。

 とはいえ「そろそろ再開を……」とHP担当のE野さん。確かに自宅の扇風機も昨日は分解掃除されてたし、いい加減寒くなってきたのに夏休みもないもんだ。
「ネタがなくなっちゃったんでしょ」ですって? ぎくり。すみません、その通りです。ただし物理的に。ためていた資料の一部を夏休みの間にどこかにやってしまいました。これまでも2回失くしているコピーはようやく掘り出されたのですが、どうしてもまだ見つからないものがありまして(たしか机の下に入れといたはずなんだけどなあー)。あと、せっかく撮った写真が、忘れもしない8月30日にメールソフトごと開けなくなりました(泣)。ちょうど雑誌の校了寸前だったのに! 始業式寸前に宿題帳を失くした小学生の気分です。

 とまあ言い訳だらけの再開第1回めは小ネタをひとつ。なんでもこの秋からアメリカで人気の料理番組「アイアンシェフ」が、日本でも放映されるらしいですよ。2004年から放送され、今年の年末にはシーズン11がスタートする人気番組。前に正月の特番で見たような記憶があるぞ……すみません、つまんないボケで。1993年から6年間放送された「料理の鉄人」ですね。料理ガイドの『東京いい店やれる店』の新版も18年ぶりに出ていましたし(ホイチョイプロダクションズってまだスピリッツで連載しているんですねえ)、昭和30年代「三丁目の夕日」ブームの次は、広告代理店とテレビが全盛期だった懐かしの前世紀末ブームでも狙っているのかしら。

「料理の鉄人って知ってる?」と月刊専門料理の若手スタッフに聞いてみたら「小学生の頃やってました」ですって。がーん。わたしゃその頃ばりばり働いてましたよ。「○○○○っていう料理人が載っている本があったらコピーを送ってほしいんですけどお」という見ず知らずの製作スタッフの電話に、「ばかたれ神保町に行って自分で買え!」って怒鳴ってましたよ。もしかしたら鉄人なんて言葉、聞いたこともありませんっていう平成生まれもたくさんいらっしゃるかもしれませんね。

 この番組タイトルは「料理の鉄人」という称号を有するとの触れ込みの和仏中の3人(のちに伊が加わって4人になりました)のプロの料理人からきています。彼らがラメラメぴかぴかの派手な衣装を身にまとい、キッチンスタジアムという名のスタジオで挑戦者と料理バトルを繰り広げるという痛快料理バラエティです。その場で発表された1種類の食材をテーマに、1時間以内で料理を作り、腕を競い合う様子を実況します。できばえの判定はゲストを含めた3,4人の美食アカデミーメンバーが試食して行ないます。ちなみに挑戦者の料理人は誰でもいいわけではなく、事前に審査しているみたいでして、それで会社に変な電話がかかってきたようです。

 私はといえば、「フランス料理界のヴィスコンティ(笑)」こと石鍋裕さんがフレンチの鉄人を担当していた頃はそこそこ見ていたのですが、すぐに飽きてやめてしまいました。というのも、見ていてイライラするのですよ。肝心の料理を作るプロセスがきちんと撮られておらず、カメラが適当にあちこち右往左往するだけ。さっき切っていた野菜がどこに行っちゃたのか、鍋の中がどんな状態になっているのか知りたくても、カメラマンが料理というものをさっぱりわかっていないので追いかけてくれません。映像で押さえきれないところは実況中継や解説でフォローしてくれればいいのですが、それもない。というかコメントが間抜けで聞くに堪えない。具体的にどのように作ったどんな料理なのか最後までよくわからないまま勝敗がついたところで面白くもなんともない。

 全放送を総括した『料理の鉄人大全』を読んでみましたら、企画段階ではF1調のスポーツ実況をめざしていたが、担当した福井謙二アナウンサーがボクシング調ならできると提案して格闘技風になったそうです。福井アナウンサーは<本来なら、この料理実況を100%スポーツ風に喋るとするならば、服部栄養専門学校に行って、1― 2ヵ月弟子入りをして包丁さばきの一つでも習うというのが本来のスポーツ実況の理想なんですけども。…略…まあヘンなマニアックな番組になりすぎちゃうと面白くないですからね>と述べておりました。へええ、スポーツ番組の現場の感覚ってこんなものなんですかねえ。

 あの放送を私なりにサッカー中継に置き換えてみるとこんなイメージです。
「いまボールを左足で蹴りました。横に飛んでいきましたね」「彼の足が速いのはフォームがきれいだからなんですねー」「お、シュートがはじかれましたよ。「福井さん!試合前に挑戦者は“鉄人には負ける気がしない、われわれのゴールは鉄壁だ”と力強く語ってくれました」「太田リポーターありがとうございます。あっと、いつの間にかフォワードが交代しているようです」

 ただ見たまんま(笑)。こんな試合を流したら苦情の電話がばんばんかかってきますよ。ど素人目にはボールを蹴りっこしているだけに見えるサッカーも、フォーメーションをどうとか中盤のスペースをどうとかの解説があってより面白くなる。選手の動きも何台ものカメラを使って撮影し、ここぞというところでアングルを変える。いわんや複雑な料理においてをや、であります。

 ちなみにこの本、料理番組の作り手の現場裏や、テレビの企画というのはどんな論理で作られるのか、各鉄人たちがどんな気持ちで番組に臨んだのかがわかって、意外と楽しめました。ただ、相変わらず料理の解説がぬるいっていうかひどい。<フランスでも最高級の味と値段を誇るブルターニュ産のオマールを、フレンチの鉄人・坂井氏は、カブを器にかつお出汁と白味噌のスープでいただく料理に仕立て上げました。日本古来の出汁と調味料が、オマールの魅力を引き立てている傑作です>ですって。これまた見たまんま。オマールのどこの魅力が引き出されているのか。オマールは焼いたのか煮たのか蒸したのか。なぜ出汁と味噌を使ったのか。どのあたりにフランス料理の技法を駆使したのか。まあ、正直なところ視聴者は、料理の内容なんかどうでもよくて、挑戦者が負けて悔しがったり、おいしそうだけどなんだかよくわからない料理に審査員が一喜一憂してくれれば満足なんでしょうけど。

 それから「おくりびと」の小山薫堂氏もインタビューされていました。彼ってプロデューサーだか企画だかを務めたのだとばかり思っていたら、構成作家の一人だったんですね。当時の小山氏の作品に『小説料理の鉄人』っていうのもありました。第1巻「道場六三郎対周富徳・富輝の戦い」から第1章ラストの名シーンを抜粋してみましょう。

<じりじりと、太陽が、海の上に、這い上がってくる。
 ぎらぎらと、真っ赤な――富輝にはそれが、道場の顔に見えた。
 (道場――) 
 と、
 (お前の首は)
 富輝は、
 (おれが)
 と、胸のなかでつぶやいた。
 ひとつの闘う魂が、もうひとつの闘魂を、かぎつける――二人の道がおなじなら、どうしたって勝負になる。
「いくぞ」
 富輝は、リオをしたがえて、ふたたび走り出した。
 勝負は、真昼だ。迎えの車がくるまで、まだ間があった。>

 おおお、さすがアカデミー賞外国語映画賞受賞作品の脚本家。登場人物の気持ちと情景が実にわかりやすく伝わってまいります。筒井康隆に薫陶を受けたのでしょうか、ぎゅうぎゅう詰まった、どこかのブログと、大違いで、読みやすいし。見習わなきゃなりません。

 どっちがうまいか料理で勝負っていう構図はテレビやマンガでよくありますが、料理人さん自身も実は大好き。厨房にこもってひたすら作り続けていては自分の料理のレベルがわからない、誰かに評価、判定してほしいという気持ちは多くの料理人さんが抱いています。ですから料理バトル自体は否定しませんが、それも主催者次第です。


s_199305.jpg 当日発表されたある食材をテーマに制限時間内で料理を競作し、それを試食して優劣をつける、というスタイルの競技会はプロの世界でも行なわれています。典型的な例が80年代後半から90年代前半にかけて、1年おきにフランス食品振興会が開催していた「フランス食材を使ったプロのための全国料理コンクール」でして、全国5都市の予選を潜り抜けた18名が腕を競い、小野正吉氏や緑川廣親氏などのトップシェフたちが審査をしておりました。もちろん味だけでなく、技術やプレゼンテーションも加味されます。数があるし、決勝だけで半日はかかるから審査する側も覚悟と体力が必要。何回か取材を担当しましたが、そのときの緊張感といったらありませんでしたね。

 制限時間は銀盆に盛ったメインデッシュとデザートで計4時間。料理は8分おきに完成され(それでもすべての選手が提出し終わるのに2時間以上かかります)、地下の試食会場に運ばれます。われわれは、その移動ルート上の幅1メートルもないスペースに撮影セットを構えて手ぐすねひいて待っておりまして、ホイッと置かれたら、すぐにアングルを決めて(三脚に据えた大判カメラですよ。そうじゃないと端から端までピントがあいません)露出を変えて3回シャッターをきる。反対側で待機していたスタッフがひょいっと持ち上げてそのままエレベータへ。これを延々繰り返します。当時の料理撮影はデジタルではありませんからポラロイドで露光をチェックするのですが、そのひまもない。

 最後の回の撮影担当は日本最速にして日本一の腕利き料理カメラマンだった故・林浩二さんで、1品15秒とかかっていませんでした。それでも「料理が冷めている。撮影のせいじゃないか?」とジョエル・ロブションがいぶかりだし、「てめえ、フランスの腑抜けカメラマンと一緒にするな! こっちに上がってきてその目で見てみろ!」と息巻く取材陣(というか私)。なにせ撮り直しはききませんし、盛り付けを崩したりしたらそれだけで選考に影響します。こちらも料理を運ぶスタッフたちもぴりぴりしどおしでしたが、終わったあとの達成感と優勝者の晴れがましさといったら…。ちなみに会場は服部栄養専門学校でして、コンクール運営のノウハウ(アシスタントとか)が料理の鉄人に生かされていたようです。

 ところがテレビのほうの審査はというと毎週開いているもんですから、もうぐだぐだ。真剣さが伝わってきません。さんまがメッシにインタビューしているみたいです。そもそも設定も演出もおふざけなんだから本気にすんなよというのが製作者サイドの言い分なのかもしれませんが、だったら初めから全部台本にして、少しはわかりやすく解説しなさいな。中途半端に本格ガチバトルのふりをするからいけないんですよ。

 ちなみに料理の鉄人とほぼ同じ頃、同じフジテレビで「解析料理」という料理のテクニックに焦点をあてた番組が放送されておりまして、これは会社の中でもかなり評判がよかったのを覚えています。変に通ぶったりはしない、抑制のきいた作りの教養番組だったように記憶しているのですが、若かりし時分の思い出は美化されているのかもしれません。こっちを再開してほしいんだけどなあ。アメリカで放送して凱旋しなきゃだめですかねえ。

  

柴田書店Topページへ

投稿者 webmaster : 2012年10月26日 11:23