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2012年07月31日

料理本のソムリエ [vol.45]

【 vol.45 】

「まったり」について
 マターリと語ってみた 2軒め

 (前回の続き)それではこの「まったり」という味の表現、国語辞典ではどう解説されているんでしょうか。

『広辞苑』では91年の第4版には見当たらず、98年刊の第5版からようやく登場しておりますが、例の『日本国語大辞典』にはちゃあんと74年の旧版から収録されております。まったりは<落ち着きがあり、奥のある感じ、柔らかい中に、こくのあるさまを表す言葉>と説明されており、用例として『江戸大坂芝居問答』(1830 ― 44年)「大坂の方 義太夫もまったりとおもしろさ」が挙げられています。

 実は64年刊『近世上方語辞典』にまったりの項がありまして、<義太夫も…>の用例とともに、この解説の前半に相当する<落ち着きがあり奥のある感じにいう>と説明されております。日本国語大辞典はここから孫び…、おっと参考にされたのかもしれませんね。引用するにあたって、ちゃんと江戸大坂芝居問答はご覧になったかな?

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 この文献、実はかなりのくせものでして「江戸大坂…」は本のタイトルではなくて瓦版です。『近世上方語辞典』が天保時代のものと推測したのは、この頃に活躍した草双紙屋の「塩屋喜兵衛」が瓦版を集めた『浪花みやげ』に収録されているのを知っていたからでしょう(この『浪花みやげ』がまた取り扱いの難しい資料なのですが、いずれそのうち)。上段が江戸の方(江戸の人)、下段が大坂の方のセリフからなる掛け合いでして、この一例だけでは、当時のまったりの使われ方はよくわからないですね。まったりとおもしろいってどんな感じなんでしょう? いい年なのについこの間まで金髪だったおつむには、ちょっとむずかしい奥のある面白さってこと? ただ大阪の誇る義太夫の魅力を、大阪の言葉で語ったという感じは伝わってきます。

 日本国語大辞典はさらに「方言」として<(1)ゆったりとしたさま。緩慢なさま。(2)食物のからすぎたりしないおだやかな味のさま。>と説明しており、出典も挙げております。一応vol.39のぽん酢の誓いを守って引用元にもあたってみましたよ。52年の『彦根ことば』に<温やか(=した味がする)>、55年の『大阪方言事典』に<食物の辛くない落ち着いた味をいう。ゆるくおとなしい>とありました。やはり関西の話ことばのようですね。(1)の「ゆったりしたさま」のほうには戦前の文献が4つ挙がっておりますが、書名ではなく論文タイトルらしきものが多く、46年刊『京言葉』の<マッタリスル 温慢になる>しか確認できませんでした。でも、このニュアンスからすると今の若い人が使う「まったり」も、あながち見当はずれとはいえません。

 なお2001年の『日本国語大辞典』第2版では、まったりの用例として、江戸大坂芝居問答のほかに秦恒平「青井戸」(77年刊『閨秀』所収)が加わりました。京都生まれの秦は抹茶を<唇に触れてまったりと流れる口中のかすかな重み>と表現しております。前回のお茶の家元ったら、もしかしたらマスヒロ氏をからかわれたのかしら? なんていけずな…。

 それでは国語辞典ではなく方言辞典ではどうでしょう? 井之口有一・堀井令以知両氏の『京都語辞典』(75年刊)は、まったりの説明にかなりのスペースを割いております。

 <とろんと穏やかな口あたりをいう。「お雑煮は白のオムシで祝いますが、マッタリと舌にとろけるような味はよろしオスナ。」「梅酒も二、三年置くと、マッタリしておいしオス。」重厚な感じの人に「あのお方はマッタリシトイヤス。」ともいう。マタイ(全)の語幹に、状態を表す接尾語「リ」をつけて促音化したもの。天保ごろから使用。>

 オムシというのは白味噌の味噌汁のことですね。「またい」とは完全であるという意味の形容詞で、その副詞が「まったく」、動詞になれば「まっとうする」でありますが、まったりがこの仲間だとは…。堀井氏は関西言葉に関する本を多数出版されておりまして、『京都語辞典』のこの説明は『分類京都語辞典』(79年)や『京ことば辞典』(92年)、『上方ことば語源辞典』(99年)などでまるまる踏襲され、最近では2006年の『京都語を学ぶ人のために』などでも白味噌だの梅酒を挙げて同じように説明しており(あとがきにまで出てきます)、まったりを正しく説明した先駆者と自負されているようですね。もっとも『京ことば集』(72年)の真下五一氏だって、<この「あまったるい」と「まったり」とは全く違った味で、「まったり」の方は決して甘いという意味ではなく、とろんとおだやかな口あたりとでもいおうか、「やっぱりお雑煮だけは京都風に限りますなァ。どうしても白のおむしやなけな、お雑煮祝うた気ィしまへんもんな。あの、まったりと舌にとろけるような味……」となる。>と書いております。

 それでは白味噌や梅酒以外のものに対して「まったりした味」というと京都の人に小馬鹿にされるかな? 実はお茶の家元ではなくて町の普通の人々に、「まったり」とはどんな場面で使っているか聞いてみた研究もあります。2002年の『日本家政学会誌』53巻5号には、小田原女子短大の早川文代先生と統計数理研究所の馬場康維先生が首都圏と京都地方で行なった「まったり」に関するアンケートとその分析が掲載されております。52品目の食物と53の食物を形容する言葉を挙げて、どの食物がまったりしていて、どの言葉がまったりに関係しているか調べるというものです(ネット上に公開されておりますので詳しくはそちらをご覧ください)。

 それによると大学や短大生といった若年層の答えは首都圏も京都もあまり変わらず、まったりという言葉を同世代やマスコミを通して知ったという回答が多いのに対し、京都の30代、40代の中年層群、50代以上の高年層群と年齢層が上がるにつれ、上の世代から聞いて知ったという回答が増えてきます。ただし、どんな食物がまったりしているかという回答は年代が上がるほどばらけてきます。またどの年齢層もまったりは「まろやかで口にゆっくり広がる感じ」というイメージでとらえていますが、高年齢層はおだやかでよいイメージなのに対し、年齢層が低くなるにしたがって味、テクスチャーとも濃厚な感じが強くなるそうです。

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 それにしても30代から中年扱いなのはともかくとして、50代以上を高年層でひとくくりにしては、今の高齢化社会を考察するには不充分そう。もっともっとお年を召した方の言い分はいかがでしょう。明治30年代生まれの4人のお年寄りからの聞き取り調査、『町家の京言葉分類語彙篇』によると、彼らにとっての「まったり」は「舌に刺激のない、こくのあるおいしさ」。一方で「まったりした人」というのは、「円満な人、穏やかな人」を指すいっぽうで、「少し鋭さに欠ける人」というマイナス評価にも使われるようです。そういえば『京都語辞典』によると、まったりの元となった「またい」も京都言葉では鈍いとか間抜け等の意味とありますものね。「あのお方はまったりしといやす」なんて柔らかい口調の人物評も裏を読まねばならないわけか…。京都のお年寄りもまた皮肉屋ですねえ。

 先のアンケートでは、前回小説家たちがまったりと表現した食べものについてはどうとらえているのでしょう。残念ながら調査対象の52品目にきつねうどんだのニョクマムだのは入っておりませんでした。唯一すし飯が挙がっていたのですが、京都の若年層、中年層ともまったりしているという回答があまりに少なかったため、分析対象からはずされてしまう始末です。

 上に掲げたまったり度評価の上位群をみると、京都の若年層もカスタードだのクリームだのが高い割合でまったりするとなってまして、美味しんぼ作者と意見が合うようです。しかし高年層になると栗きんとんや白味噌のほうがまったり度が高いです。例の梅酒もちゃんと上位グループに入っていますね。あと少し下がりますが日本酒も……。

 実は戦前の文献には酒をまったりしているとする例も数多くありまして、かの谷崎潤一郎も、日本酒を「まったり」と表現しております。
 <なんという酒かわからないけれども壜詰めの正宗を飲んだあとでは程よく木香(きが)の廻っているまったりした冷酒の味が俄かに口の中をすがすがしくさせてくれるのであった>。(1932年発表『蘆刈』

 最近でこそスッキリしていたり、キレがある酒が好まれているようですが、日本酒の芳醇な味わいはマッタリしていると表現するのにふさわしいですよね……と思ったら、この時代、洋酒すらもまったりしてました。写真は戦前の総合雑誌『改造』と大衆雑誌『キング』なんですが、サントリーのウヰスキーの広告に「まったり」という表現が出てまいります。あんなに度数の高いウイスキーがまったりしているってのには個人的にはちょっと違和感があるのですが…。

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 札幌生まれながら大阪の文化を愛した森田たまは、1936年の『もめん随筆』で次のように記しています。

 <女同志のつきあいがちょうど場ちがいのするめをたべるように、噛めば噛むほど筋が残つてくるのに引かえて、男の友人は西洋のお酒のように、月日がたてばたつ程まったりとした味の出てくるものである>
 
 小さい頃にはしじゅう料理屋へ連れて行ってもらい、十数年来ほとんど台所に立ったことがないと記した森田たま。こう書くとなんだか鼻持ちならない女性のようですが、子供のときに鯖の味噌煮を小説で知り、未知の味にあこがれたような食いしん坊でして、この随筆集も食べもの関係のところがなかなか味わい深いです。バブル臭が抜けなかったり生活臭がしなかったりする現代の女流エッセイストに飽き足らない方は、ぜひご一読を。

 なお戦後になりますが、荻昌弘は72年の『男のだいどこ』で健康によさそうな素材をなんでもかんでも酒に漬けてみた顛末を記しておりまして、<瓶の中身は、まったりとコクのある意外な美酒へ変質していたことに気づいたのである>と表現しております。東京生まれの彼とても、「まったりとした酒」というフレーズは普通の感覚だった模様です。サントリーの宣伝力のせいでしょうか。そういえば、先の開高健はサントリーのPR誌『洋酒天国』の編集長。蘆刈の舞台は奇しくもサントリーの醸造所がある大山崎でした。

 こうしてみると調べればいくらでも出てくるでしょうが、「まったりしているうえにかなりしつこい」ことになってきそうなので、はしごはこれくらいにしときましょう。最後を飾るのは、昭和をさらにさかのぼり、大阪出身の民俗学者、折口信夫の大正10(1921)年の「まったり」です。
<町方への道を下る年よりなどの幾人かと、肩を並ベて歩いた時間を憶うと、古國(ふるくに)の懐しさ、南の大きな島で得られなかった、まったりとした味いが、心の中に反芻(にれが)まれる>(アララギ40巻11号)

 どうです、折口先生の堂々たるまったりぶりは。夏休みに沖縄を訪れ、続いて九州の壱岐に移った際の報告です。見るもの聞くものすべてが珍しい琉球の国から、万葉集にも登場する壱岐の国へ来た彼は、どこかほっとするとともに懐かしい感覚がまったりと広がったようです……。

 おっと、上を向いておなかをさすりながらまったりすごしているうちに、だんだん暑くなってきたぞ。スカイツリーは青空に向かってひたすら上へ上へと伸びておりまして、その周囲にはほかに日をさえぎるものがありません。ああ、この忙しくてお腹のきつい現実から解放されて、永遠の夏休みに向かって蒸発したい。あのタワーの先に登れば、壱岐や沖縄やニライカナイの島々を拝めるのでしょうか。

  

  

  

  

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投稿者 webmaster : 17:35

2012年07月18日

『専門料理2012年8月号』 編集後記より

131208.jpg『専門料理2012年8月号』
発行年月:2012年7月19日
判型:A4変 頁数:182頁


特集:パスタとピッツァ より豊かに、より的確に作る

伝統か、モダンか。二者択一ではない幅広さがパスタの魅力」
「ピッツァも熱い! 豪快なイメージの裏に緻密な計算がありました」


moon_1.jpg 今月の特集は「パスタとピッツァ」。健康診断も終わったし炭水化物ドンと来い! の意気込みで取材して参りました。

sun_1.jpg では早速ふり返ろう。「パスタの表現力を高める」では、8人のシェフに自慢のパスタを見せてもらった。

moon_1.jpg イタリア人のルカ・ファンティンさん(ブルガリ イル・リストランテ。14ページ)が「伝統は大事だけどそこにこだわらない。自由な発想で料理を作りたい」と仰っていたのが印象的でした。イタリア料理=地方料理と考えがちだけれど、それは一面的なイメージなのかなあ、と。

sun_2.jpg 中尾崇之さん(レストラン ファロ資生堂。17ページ)も、「第一に考えるのは非日常の料理でお客さんに喜んでもらうこと」と話していた。それを象徴するのがオマールのパスタ! シンプルなトルテッリとオマール料理が合体した、まさにレストランの一品だった(写真1)。

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moon_3.jpg 私は奥村忠士さん(リストランテ アカーチェ。24ページ)の潔さにもやられたなあ。「パスタは粉を味わうもの。ソースにたくさんの具はいらない」という言葉通り、キタッラのソースはシャンピニョン・ド・パリを炒め煮にしたラグー(写真2)。シンプル極まりないのにしみじみとおいしい。経験のなせる技です。

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sun_1.jpg 奥村さんたちベテランシェフが粘り強く広めてきた手打ちパスタだけれど、個人店でたくさんの種類を作るのはなかなか大変。みんなどうやってるの? という疑問に応える企画が「小規模店 手打ちパスタのオペレーション」です。

moon_2.jpg 藤田政昭さん(タヴェルナ デッレ トレ ルマーケ。34ページ)はタリアテッレの生地を1人分ずつ板状にのばして、ラップ紙で密封して冷凍保管してました(写真3)。注文ごとに解凍するのでロスが出ないし、解凍することで水分が抜けるからか歯ざわりもよくなるんだって。

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sun_2.jpg 湯本昌克さん(シエロ アズッロ。42ページ)は3種の生地を15種のパスタに展開。驚くのは、すべてを1人で、注文が入ってから成形するってこと!

moon_1.jpg ボリュームのある前菜を用意したりと、お客さんにもゆっくりと食べ進んでもらう工夫をしていたけれど、「今作っているのは私のパスタかしら?」という期待感で不思議と待てちゃうんですよね。


ピッツァの熱い世界にも踏み込んでみました!


moon_1.jpg 後半はピッツァ編。みなさん熱く、情熱的に語ってくださいました。

sun_1.jpg めざす生地は「さくっと軽く、モッチリした部分もあり、小麦が香る」と概ね共通していたね。けれどもアプローチの仕方は十人十色で、粉の配合や焼成には緻密な計算と経験が反映されていた。

moon_1.jpg 青木嘉則さん(ピッツェリア ダ・アオキ タッポスト。55ページ)はナポリで習ったやり方を今も続けているそう(写真4)。でも最近ナポリを訪れたら、現地では技術が簡略化されていたとか……。

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sun_1.jpg 青木さんにはぜひ伝統的な仕事を伝えていって欲しいね。ところで、ピッツァ窯の重さがどのくらいか知ってる?

moon_1.jpg 200kg……ってことはないですよね?

sun_1.jpg 桁が違うよ。2トン、3トンはあたりまえなんだって。だから、店探しでいい物件を見つけても構造的に窯を置けなくて断念、なんてこともあるみたい。

moon_1.jpg ピッツェリア開業準備中のみなさん、物件探しの際は気をつけてくださいね!

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投稿者 webmaster : 13:42