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2012年01月24日

『毎日食べたい 食パン』

06133.jpg『毎日食べたい 食パン』
著者:柴田書店編
発行年月:2012年1月26日
判型:B5変 頁数:92頁

プロのレシピは一筋縄ではいかないのだ。

パン屋さんのプロセス撮影は朝早い。
そう覚悟して始めたものの、まさかここまで早いとは・・・。
♪あさいちばんはやいのは、ぱんやのおじさん♪
という歌詞は、本当だったんですね。


撮影開始 @ Kベーカリー、午前2:45。
朝・・・じゃなくて夜だ(真っ暗な空に星がきらきら)。

寝ぼけ眼でぼーっとつっ立っている我々撮影隊に、
すでにエンジン全開のKシェフが、てきぱきニコニコと段取りを説明。
説明中にもシェフの手や足が止まることはありません。
常に複数の作業を同時進行。
しかも、夕方までずっとこの調子。

シェフ達の頭の中には、一体いくつ部屋があるのでしょう。
50種類から多い店では100種類ものパンを日々焼くという仕事は、
並大抵のことではないのでした。
なんだか、社会科見学に来たみたい・・・。


ところでパン好きのみなさん、
本のレシピの分量・時間・温度はすべて撮影時に実際に計測した数値ですが、
シェフ達は毎日、同じことを単純に繰り返しているわけではございません。
同じパンでも、水の量は日々調節。
粉の配合も季節によって、材料の状態によって変えています。
生地の発酵時間も、様子を見ながら早く切り上げたり、のばしたり。
パンチや丸めの手加減も、感触から判断して強くしたり、そっと扱ったり。
オーブンに入れてからも、膨らんでくるタイミングや焼き色から判断して、
途中で温度や時間を微調整……とまぁ、何から何まで手加減が加わっており、
一筋縄ではいきません。

これこそ、何百回も同じパンを焼き続けている経験のなせるワザ。
それがプロであり、職人である所以です。
一朝一夕にできる仕事ではございません。

おまけに、早起き(!) 。
ついつい深夜までDVDを見ちゃったり飲んだくれたり、
なんていう自堕落な生活とは縁を切った、崇高な世界がそこにはあるのでした。


さて、掲載したパンの一部をちらりご紹介。


◆ 「アングレ」 カタネベーカリー

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さっくり心地よい歯ごたえは、山形パンの王道。
発酵バターといちごジャムの重ね塗りが、
シェフとマダムのおすすめの食べ方です。


◆「S100」 ダン ディゾン

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豆乳100%で仕込んだ動物性材料不使用の食パン。
ハードパン並みの力強い歯ごたえにびっくり。
野菜やきのこなどの惣菜と一緒に食べてみてください。


◆「コンルーバ」 トラスパレンテ

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国産小麦100%、二段仕込みのレーズンパン。
もちもちして味わい深い生地と香ばしい耳の対比が絶妙。
トーストしてあっさり煮上げたジャムをのせて。


◆「抹茶&大納言」 パナデリーア ティグレ

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抹茶ペーストと小豆を練りこんだリッチで甘い食パン。
トラ柄とほろほろの食感は、一度食べたら忘れられないインパクト。
カスタードソースを添えるとうるわしいデザートに。


最後に、微に入り細に入りの取材撮影に応じてくださったベーカリーの皆様、
本当にありがとうございました。

カタネベーカリー・片根シェフ/ダン ディゾン・木村シェフ
トーストネイバーフッドベイカリー・鈴木シェフ/トラスパレンテ・森シェフ
とらやベーカリー・森岡シェフ/ネモ・ベーカリー&カフェ・根本シェフ
パナデリーア ティグレ・望月シェフ
ブーランジェリー・エ・カフェ マンマーノ・毛利シェフ
ブーランジェリー&パティスリー カルヴァ・田中シェフ
ブーランジェリー パサージュ ア ニヴォ・大和シェフ  (店名五十音順)

日々の仕事だけでもてんてこまいなのに、厨房だって決して広くないのに、
こころよく受け入れてくださって本当に感謝しております。
この本をきっかけに、ひとりでも多くのお客さまが貴店を訪れ、
おいしいパンに出会いますように!


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投稿者 webmaster : 10:17

2012年01月17日

料理本のソムリエ [ vol.36]

【 vol.36 】
恋と革命は、サラリとして辛口なもの

 あけましておめでとうございます…からずいぶん経ちましたね。
みなさん、おせちやカレーはお腹一杯召し上がりましたか? 年もあらたまったというのに当ブログは昨年の話の続きであります。

kiji.jpg 実は前回、国際こども図書館に所蔵されているカレー本であえて採り上げなかったものがありました。辛島昇先生の岩波ジュニア新書『インド・カレー紀行』です。この本、ジュニア向けなものですから国会図書館のほうでは所蔵しておりませんし、辛島っていう姓がなんだかペンネーム風だしで、「口当たりのよいやさしい内容だろう」となめてかかると痛い目にあいますよ。岩波ジュニア新書のシリーズは普通の岩波新書より字が大きくて写真がたんまり使われておりますが、時々とんでもないハードな内容のものもまじっておりまして、この本も、昨今の新書(タイトルが無駄に長かったり疑問形だったりするやつ)ですら読むのが億劫という子供舌の人にはお勧めできません。辛島教授は押しも押されもせぬインド史の第一人者でして、取り上げる資料はインドにとどまらず、『エリュトゥラー海案内記』だの『諸蕃志』だのギリシャや中国の文献までぽんぽん出てきます。とはいえ机の上の世界にとどまらず、インド留学時代の寮の食事やスリランカでの客員教授時代の見聞、料理の具体的なレシピなどを盛り込んでおり、読みやすさにも配慮されております。

 そもそもインドにはカレーっていう料理は存在しない、という話は皆さんどこかでお聞きおよびかと思います。本来は個別にちゃんと料理名がある各種インド料理を、ややこしくって面倒だとばかりに「カレー」で総称しちゃったんですね。大阪のおかんにとってゲーム機は、PS Vitaだろうとドリームキャストだろうと「ピコピコ」なのと同じ心理ですな。

 それではこの料理名は何からつけられたのか。本書にはそれに関する考証もあります。インドのスパイシーな汁たっぷりの料理をカリル(karil)と呼び始めたのはポルトガル人。その理由はインドではソースのことをカリーと呼んでいたため…とする説もありますが、南インドのタミル語やカンナダ語の辞書には“kari”は野菜、肉、コショウの意味とあって、ソースではないそうです。野菜と肉とコショウが同じ単語で表現されるとはいったいどういうこと?という疑問がわきますが、辛島教授はスープ料理の具をカリと呼んだのが、ポルトガル人に誤解されて料理名として伝わったのではないかという仮説を立てています。

 本書はこのように料理を通してインドの文化交流史を語る内容でして、ちょっとやそっとの辛さや知的刺激では物足りないカレーマニアも満足いく内容になっております。カレー屋さんにいくとシークカバブだのビリヤニだの、やけに中東料理に似た料理を見かけると思ったら、ペルシア文化の影響を受けたムガール帝国の遺産なのだとか。日本人の抱くインド像というのはステレオタイプなものですが、実は文化も料理も多彩かつ重層的で、一筋縄ではいきません。

 さて、そんな辛島先生もお勧めなのが、『インドカレー伝』。こちらはさらにインド料理と歴史との関わりに焦点を絞って考察したもので、翻訳書なので厚くて注もびっしり。辛島教授の本と比べて辛さ…じゃなかった難易度3倍ってとこでしょうか。ポルトガルやイギリスの植民地文化にまで考察を広げているのが特徴です。
bindaru.jpgカレーがイギリスに渡って小麦粉のルーでとろみをつけるシチューっぽい料理に変わったのと同じように、カツレツがインドではスパイシーにアレンジされたりと、相互に交流があったりします。酸っぱくて辛いのが特徴のビンダルーの原型は、ポルトガル料理のカルネ・デ・ヴィーニョ・エ・アリョスなんですねえ。どこのおかんのせいでこんなに短い名前になっちゃったんでしょう。

 ポルトガルの植民地文化の料理は、はるか昔の戦国時代に日本に伝わった可能性がありますが、この分野を扱った本はこれまで見あたらなかったので、干天の慈雨であります。大げさですって? いえいえ、こちとら大真面目です。たとえばスリランカにもポルトガルから伝わったテンプラードワという料理があると『南の島のカレーライス』にありました。これはポルトガル語の「味をつけた、調理した」という意味のテンペラードゥからきていて、油炒めのことだそうです。現在天ぷらの語源については諸説ありますが、これは実に興味深い報告です。あ、ちなみにこの本、カレーライスというタイトルではありますが、スリランカ料理全般について考察したものでありまして、ココナツやモルディブ・フィッシュ(スリランカの鰹節)を活用するこの国の料理はインドとはまた異なる体系をもっています。

 さて日本にインドのカレーを初めて紹介したとされるのが、ラス・ビハリ・ボースです。インド独立革命の志士だった彼は日本に逃れ、ひょんなことから新宿でパン屋の「中村屋」を開いていた相馬家の食客となります。のちに帰化して中村屋の娘と結婚したボースは、日本でカレーと呼ばれている食べ物は小麦粉でとろみがつけてあり、母国の料理とほど遠いことに不満をもちます。そこで中村屋が昭和2年に喫茶部を開くにあたって、名物料理としてボース発案のカレー(ただし呼び名はカリーです)を提供し始めたわけです。

nakamuraya.jpg 同店がカレーを売り出すにあたっての情熱と力の入れようは、半端なものではありません。具の鶏肉を調達するために専用の農場を開いて軍鶏を飼育し、米は別名“御殿米”と呼ばれた埼玉の“白目米”を使います。ちなみに例の「星岡茶寮」も朝鮮米の早丁租を用いるようになる前は、この白目米を使っていたそうです。
 戦前の中村屋のカレーのレシピについては、『カレーなる物語』に昭和7年の『主婦之友』に載ったものが紹介されていますが、ここではせっかくですから開業初期の昭和3年の『婦女界』のレシピをば。『主婦之友』では骨からスープをとったり、ジャガイモを炒めたりしていてこれとは若干違います。大量に仕込まねばならない店のレシピそのままではないでしょうが、多めの油にスパイスの香りを移すところがミソですね。ジャガイモでとろみをつけるのはインド本来のやり方かどうか…。小麦粉のルーに対抗しての措置かもしれません。

 鶏はメスの400匁(1500g)ぐらいのサイズで、屠鳥してから6時間くらいのものを使用します。皮ごと骨つきのまま1寸(3cm)くらいのぶつ切りに。タマネギ150匁(562・5g)は四割りにして、1分(3mm)の厚さに小口切りに、ジャガイモ200匁(750g)は皮をむいて2つに切っておきます。バターはたくさん使いまして、鶏に対して2割の80匁(300g)ほどです。鍋に溶かして、タマネギを入れてきつね色に色をつけ、鶏肉を入れて弱火でしばらく加熱します。少し骨ばなれがよくなったところでカレー粉を茶さじ3杯ほど、コショウ、塩を適当に入れ(もし牛乳かヨーグルトがあれば1合ほど入れます)、材料より2寸(6cm)ほど上まで湯を注ぎ、静かに煮ます(水を入れると肉が固くなります)。香料(月桂樹、丁子、肉桂)などがあれば、よく煎じてその汁を少し肉の中に入れます。弱火で1時間ほど煮ると骨ばなれのよい肉になりますから、この時にジャガイモを入れて、柔らかくなって少し形が崩れ、汁がどろりとしてきたら火からおろします。箸休めにはダイコン、キュウリ、トマト、キャベツなどの酢の物を添えます。

 なお原文では香料(香辛料)の説明で月桂樹とベイリーブスがだぶって登場しているうえ、煎じ方や使うタイミングがよくわかりません。カレー粉については、インドでは家族の口に合うように14種類を配合するが、日本の家庭で作って好まれるのはBC缶(C&B社)でしょう、とありますが、ちょっと加える量が少ないような気が…。
fukugen.jpg当時の茶さじは今でいう小さじにあたるのですが、それにしても…。高価だったせいなのでしょうか。逆にタマネギはもっと多くてもよいのでは? いろいろ疑問に思いつつ再現してみたところ、昨今のジャガイモは優秀なようでしてそう簡単に煮崩れてくれません。
どろりとするどころかスープカレーよりもスープっぽくなる始末。べ、べつにあんたに食べさせたくて作ったわけじゃないんだからね! このブログってなんか小難しいし、本の映像ばっかりじゃさみしいかなって思っただけなんだから!

 とつぜんツンデレ風でごまかしているのは、この印度式カリーのキャッチコピーが「恋と革命の味」だったもんで。中村家に訪問してボース手作りのカレーを実際に食べた子母澤寛の『味覚極楽』によると(『カレーなる物語』ではこれを回想として紹介していますが、それは単行本化の加筆部分のことでして、初出は当時の東京日日新聞の連載記事です。レシピも簡単に紹介していますが、これまた『婦女界』とも違います)、ボースは「本当のカレーはそんなにからいものではない、食べる時にすうーっと甘くて、後から少しずつ辛味が舌に沸いて来るのがいいのです」と語っております…って、しまったあ、これじゃあツンデレの逆じゃないかー。vol.11で触れたパウリスタのコーヒーといい、この時代の恋ってのはずいぶんと大人な味ですなあ。

567.jpg 一方甘ーい“初恋の味”で一世を風靡したのはカルピスでありますが、この会社が昭和7年から“567十八青春の味”のキャッチコピーで、満を持して売り出した飲み物がゴロナ(5+6+7で18歳ってわけ)です。「星岡茶寮」の納涼宴でも使われましたが、タンニンのオリがたまるために不良品が続出して持て余し、のちに原料や技術をそっくり中村屋にひきとってもらったというエピソードがあるそうです。技術移転を受けた中村屋ではジンをたらすことでオリの発生を防ぎ、喫茶部で提供したとか。ただゴロナって、今でいうガラナのことなんですけど、これってウソかホントか強壮効果があるともいいますよね。“青春の味”ってちょっとストレートすぎますけどよかったのかしら?

 ところで中村屋って、中華饅頭や水羊羹の店だとか思ってた方はいませんか? こちらもなめてかかるととんでもないことになりますからね。この話、まだ続きます。


  
   

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投稿者 webmaster : 17:35