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2011年12月21日

料理本のソムリエ [ vol.35]

【 vol.35】

カレーの王子様が
密かに進める日本印度化計画

 前回は、最近のカレー本をちょっとくさしたりしましたが、それは歴史に関する記述に限っての話でありまして、実のところ、カレー関係の著作は料理本の中ではまあまあのレベルだと思います(商品開発やテレビ番組への協力などおいしい話がほうぼうに転がっているせいか、片手間仕事になってきている感じの本もおみかけしますが)。欧風カレーやインドカレーなどいろいろなタイプがあって、視野が広くなければならないからでしょうか。

 またカレーマニアには自分でも厨房に立つ人たちが多いように思います。食べ歩き本でも作り手の立場から見るので、まがりなりにも分析しようという姿勢がみられますし、自分が好みではない皿に出会っても頭からこれはダメと決めつけない。カレーという料理全般に対する愛情がそこここに感じられます。その点、世の料理評論家と称する方々やグルメサイトの投稿マニアはといいますと…。その昔、カレーを食べすぎると舌が馬鹿になるとか、辛いものを食べすぎると頭が悪くなるとかいう説を聞いたことがあります。もしかしたらですよ、彼らは辛口評論家を名乗ろうとしたあまり、カレーマニアが驚くくらいの尋常ならざる量のカレーを食べて食べて食べまくったのでしょうか。それもきっと自腹で…。なんと過酷な道を選んだ勇者たちか!

 カレーはもはや日本の国民食だそうですから、料理本が充実しているのは当然なのかもしれません。みごと国民食の座を勝ち得た理由については、いろいろ言われています。ご飯にかける洋食なので日本人にもなじみがよいから。軍の食事に取り入れられたため兵役経験者を通じて津々浦々まで広まったから。ご飯消費拡大をめざして学校給食に取り入れられたから…などなど。

 私はもうひとつ、もともと子供に好まれやすいメニューであったから、というのも挙げたいですね。学童どころか幼児のうちからカレーはおなじみの料理です。のびてしまう麺類と違って冷ましてもそこそこいけますから、猫舌の子供でも大丈夫。箸が使えなくても食べられますし、柔らかい。

 握りのおすしは骨はないし手づかみで食べられるのでなかなかの対抗馬ですが、子供の口にはちょっと大きいし、うまく食べないとくずれてしまう。そもそも回らないすし店は、お子様連れはご遠慮願ったりしていてせっかくの市場をスポイルしていますよね。散らしずしで作るものですが、「雛ずし」なんていう習慣があるくらいですから、本来すしは子供となじみがいいのに。小さく握るとネタが多く必要なうえに手間がかかるからですかね?

 ラーメンやハンバーグもお子様がたの大好物でありますが、インスタントや冷凍食品となると手抜きという感じがどうしてもしてしまう。その点、カレーなら市販のルーで作れば簡単な割合に豪華そう。野菜もいろいろ入れられるし。レトルトだってこっそり使えば、お母さんの面目が立ちます。一家団欒というイメージもあり、“おふくろの味”の一角を占めるのもむべなるかなであります。

somurie_05916.jpg 思えば子供向けに特別に仕立てた味でかわいいパッケージの商品が、普通にスーパーにずらっと並んでいるっていうのもなかなか珍しいですよね。一人っ子を大事にする中国に行っても「麻婆豆腐小皇帝」なんて見当たらないものねえ。もっとも、これはこれで売れそうな気もするぞ。子供向けの味つけの麻婆豆腐のレシピは『TOFU和と中華のおいしい豆腐料理』に載っておりますので、中国で商品化を目指す方は勉強してください。

 さて本題。こうしたイメージ戦略が効を奏したのか、料理関係の児童書を見ていますとカレー本がやたらに多いことに気づいたのですよ。子供に受けるし、ご両親も買って与えたくなる種類の本なのでしょう。昔はカレーがメインの絵本なんて洒落たものはなかったような気がするのですが、いつの間にやら大増殖しているようです。

kodomotosyoka.jpg こちとら児童書はまったくの門外漢なものですから、専門図書館へ行ってまいりました。会社から歩いていける上野公園内に「国際子ども図書館」があります。ぞうさんやきりんさんの絵が描かれた原色っぽい建物と思いきや、威風堂々たる重厚なたたずまい。テラスのカフェも併設していて博物館のよう。実はこの建物は明治39年に建てられたもので、つい10年ほど前までは国立国会図書館上野支部だったんです。そういえば児童書専門の神保町ブックハウスも格調高いですが、こちらも元は洋書専門の北沢書店の新刊コーナーでしたっけ。ちょっとよそいきな感じなほうが、やんちゃな子供たちも神妙にしてくれていいかもしれません。ただ吹き抜けで天井が高い石造りの洋風建築は、お子様が泣かれますとわんわん響いてなかなかすごいことになります。

jidobungakukan.jpg 一方大阪には日本一の蔵書数を誇る「国際児童文学館」がありますが、こっちは立派な本館とは別なところに入口が設けられ、ちょっとちんまりしておりまして、子供向けというよりは研究者向けかも。もともと千里の万博公園内にあったのが、東大阪の府立中央図書館に統合され、建物横にあったレストラン跡に移転したからであります。児童書ってえのは、空いた建物を転用するのが決まりなんですねえ。レストランの居抜きを選んだのは、いま流行りの絵本カフェをめざしたわけではないので、当然カレーメニューもおいてありません。経費節減のためでして、大阪人が好きなんは文楽よりも新喜劇とちゃいまっか、とかいう前知事によるご英断であります。

 さてカレーが出てくる児童書ですが、カレー絵本コーナーなんて棚があるわけないし、そもそも専門図書館は原則閉架なので、パソコンの検索機能を使って探すことになります。ところが検索ワードに入れた音引き(“ー”のことです)は省略されてしまうので、うかれだぬきだのおしゃれカレンダーだのカーレンジャーだのすてきな彼だのカレーと関係ないタイトルもぞろぞろ引っかかって、探しづらいこと探しづらいこと…。用語を組み合わせたり絞ったりと苦心して拾い出したのですが、昼間からカレー絵本ばかりをやたらと借り出すおっさんていうのはかなり不気味ですね。

 探せば出てくる出てくる。『カレーやしきのまりこさん』『ねえカレーつくってよ』『カレーをつくろう!』『まほうカレー』『カレーライスはこわいぞ』『かえるとカレーライス』などなど…。こうして並べるとひとつのつながったストーリーみたいです。カレー屋敷で作ってもらったカレーを食べたら、魔法にかかって蛙になっちゃった、ってな感じ。

 最後の本は実際にはもっとシュールな話でして、山が噴火したらカレーが流れ出てきて、それを蛙が食べるというストーリーです。別に酔っ払っているわけではありません。ナンセンスストーリーを得意とする長新太らしい作品です。文章は落合恵子で、彼が絵のみを手がけた『カレーライスのすきなぺんぎん』も、カレーを食べていたらコップの氷水に小さいペンギンがいたという話。直木賞作家の井上荒野作『ひみつのカレーライス』は、カレーの中から出てきた種を庭に植えたら、カレーの木が生えてきて…。大人的にはこういう理屈抜きの作品が面白いけど、子供受けはどうなんでしょうか。

 カレーは不思議なスパイスや外国のイメージと結びつきやすく、魔法や王様となじみがいいことも、絵本や童話のテーマにとりあげられやすい一因でしょう。『いたずらまじょ子とカレーの王子さま』『カレーだいおうのまほう』『王さまのまほうカレー』なんていうのもありました。『王さまのまほうカレー』は絵よりも文字が多い童話ですが、カレー作りに奮闘する王様ストーリーがなかなか読ませます。

 ただし『カレーライスは王さまだ』は現実の話であります。給食の調理現場の写真ルポでして、社会科の副読本のようです。人気のカレーにかこつけて、お勉強してもらおうという大人の欲が見え隠れるする本が多いのも、この分野の特徴ですね。もっともカラー写真をふんだんに使ってあったりして、大人の社会科見学みたいで意外と楽しめました。藤田千枝『カレーライスの本』は料理を実験になぞらえて、段取りの大切さを説いたり、加熱で細胞がどう壊れるかを説明したりと、なかなか高度な内容です。

 そもそも前回紹介した『カレーライスと日本人』の森枝卓士氏は、この新書本と同時進行で子供向きの『たくさんのふしぎ』という月刊誌にも執筆しておりまして、のちに『カレーライスがやってきた!』というタイトルで独立した本として刊行されております。吉田よし子氏も『カレーライス はじめはどこで生まれたの?』という本を監修しています。カレーを通じて世界の国々や文化を学んでもらおうという企画は結構多い。『おどろうつくろうABC DEカレー』なんていう英語を学べる本もありまして、カレーだけで学校の授業が組めそうなくらいです。

 うーん、これだけいろいろあるとなると脳みそは完全にカレー漬け。日本人は将来ますますカレー好きになること間違いありませんな。インドの秘密結社の陰謀でしょうか?
 あ、ちなみに私が幼少のみぎりによく読んだ絵本は『モチモチの木』でありました。なぜなら木の実で作るおいしそうなもちが出てくるから。あと絵本といったらこれくらいしか持っていなかったから。ついでに同じ斎藤隆介・滝平二郎コンビの『ちょうちん屋のままッ子』も話の後半で、主人公の長吉が料理店に修業に入るところばかり気に入って繰り返し読んでおりました。そうかあー、器は底の真ん中を一生懸命洗うといいのかあ、とか子供のくせに納得したり。見事に日本料理ファンとして洗脳されております。

 さて、この与太ブログの更新も今年はこれでおしまい。最後に明治40年12月30日の読売新聞で紹介されました「ハイカラ年越蕎麦」を紹介いたしましょう。東京割烹女学校が考案したライスカレー式蕎麦料理であります。

haikarasoba.jpg まず豚肉100匁(375g)を細かくつぶし(刃叩き? それともミンチのこと?)、水1升の鍋でアクが煮上がるまで煮上げ、アクをすくい取ります。椎茸20匁(75g)、油揚げ3枚、タマネギ大2個、青カブ大1個を細かくさいの目に切ったものを加えてかき混ぜ、それが柔らかくなるまでもう一度煮上げます。さらにミリン少量を落とし、醤油と食塩を加えて味をととのえます。別に蕎麦の玉10個をざるに入れて熱湯をかけ、湯気をとっておき、かねて煮溶かしたバターの中に入れてかき混ぜ、適宜の容器に盛ります。先の煮上げた材料をかけてできあがりです……ってこれのどこがライスカレー式なのか。上から具をかけているから? それともカレー粉を入れ忘れているんでしょうか…。

 このレシピの蕎麦はゆでおきのようですが、もちろん普通に乾蕎麦をゆでてもOK。タマネギやカブから甘みが出るので、ミリンは加えなくてもよいかもしれません。ちょっと味が物足りない方は、ほんとにカレー粉を入れてもいいですよ。
 ともあれ100年前の“すこぶるハイカった料理”のできあがり。話の種にどうぞお試しください。

  
  
  
  

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投稿者 webmaster : 2011年12月21日 15:57