そばうどん知恵袋111
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主な参考資料・『蕎麦史考』、『うどんの基本技術』、『麺類百科事典』り(明治13年刊『霜夜の鐘十字の辻筮﹇しもよのかねじゅうじのつじう鍋焼きうどんを売る明治の夜そば売ら﹈』より)1940どり夜鷹そばを売る者はわずか11人しかいない、という記事がある。また、翌年11月に東京・新富座で上演された『島しま鵆ち月つきの白しら浪なみ』には、夜鷹そばが減った代わりに、鍋焼きうどんが1年増しに多くなった、というセリフがあることから、明治8~9年頃には東京でも流行が始まっていたと考えられている。 鍋焼きうどんは、土鍋の蓋を取るとつゆがグツグツと沸き立っていて、舌を焼くような熱々のところをフウフウ吹きながら食べるのが醍醐味。本来は、寒さのしみる冬場の品書きである。 また、最近はそば・うどんを使った鍋もので、具と汁をさまざまに取り合わせたものが増えてきているが、店の都合から2人前以上の鍋が多いようだ。そういう中にあって、1人前用の鍋ものはこの鍋焼きうどんが依然、代表しているといっていいだろう。 さらに、鍋焼きうどんとおじや(雑炊)を合体させた「おじやうどん」というのもある。いずれも伝統的な馴染みのある食べものだが、それを一度に、ごった煮的に味わえるようにしたところがミソ。おじやうどんが大阪で考案されたのは昭和15年(たのは、昭和55年頃からである。)頃ともいわれるが、全国的に広まり始め193

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