フランス料理 王道探究
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私が渡仏した20年前、ガストロノミーレストランではパテ・アンクルートにはなかなかお目にかかれませんでした。シャルキュトリエ(肉加工品店)でテイクアウトする“高級なお惣菜”としてのパテ・アンクルートは身近にあっても、贅を尽くしたレストランのパテ・アンクルートは宴会ビュッフェを除くとほとんどつくられなくなっていたように思いま す。当時どうしても食べたくて、アレクサンドル・デュメーヌの弟子だったというシェフのつくるパテ ・アンクルートを食べに、リヨン郊外のレストラン「グルーズ」に行ったことを思い出します。正統クラシックの折り重なるような旨みの世界に感激したものです。14 私のパテ・アンクルートは帰国した頃から10年かけてつくってきたスタイルです。今回は家禽を使うベーシック版ですが、1年を通してさまざまな素材でつくります。構成はクラシックそのもの──「パート・ブリゼで、ファルス(挽き肉ベース)・ガルニテュール(塊の肉やフォワグラ)を包み込んで焼き、焼き上がったパイとファルスの間にコンソメジュレを流し入れ、冷やす」。ファルス料理はどれもむずかしいものですがこれも相当なもの。性質の異なるものを一緒に焼き、火入れ加減はそれぞれベストに、形は完璧に美しく、しかも焼き上がったパイの中にコンところが少し前から、ガストロノミー界でパテ・アンクルートがリバイバルしています。伝統回帰や古典再認識の流れから若いシェフたちの中にも挑戦する人が増えているのです。なんと、パテ・アンクルートの世界大会が開かれていますし、専門書も出版されています。目指すは①ブリゼ生地はザクッと、ファルスはしっかりと、ガルニテュールはふんわりしっとりと焼き上げること。②パテ・アンクルートの主役であるミンチのファルスを奥行きのある味わいにつくること。ファルス材料の一部をあらかじめソテーすると いう古典の技法はとくに重要なポイントです。③食べたときのひとくちひくちに風味の多層性があること。材料の配合はもちろん、配置もまた重要で、いつも口に入れたときの味わいをイメージして切り口の構図をデザインしてから仕事にとりかかります。ソメを流しこんでしみ出させない、ふやけさせない、という命題です。こんなややこしいこと、そのややこしさから生まれる美味のハーモニーを、昔の人はよくぞ考えたものだと思います。このような複雑な構成のクラシック料理は「失敗せずにゴールに到達できる」までにかなりの経験数が必要です。でも、探求や表現はそこからがスタート。コンソメひとつにしてもそれ自体がフランス料理の技術の結晶ですから、パテ・アンクルートは技術と技術の総合体、フランス料理の集大成だと思っています。Pâté en croûte「パテ・アンクルート」ブームパテ・アンクルート

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