ザ・ミクソロジー
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9ではミクソロジストはどうか。「ミクソロジストはときに調合師であり、科学者であり、常に新しい調合技術を求め、創り、カクテルの文化を開拓していく存在である」。これは私が考える定義で、そこには「革新」と「驚き」という意が込められている。ミクソロジストは常に新しい技術の発見、プレゼンテーションの方法の開発、素材の探求を惜しまない。そういう、ある種の科学者的な姿勢と、あくなき探求心をもつ者であるべきだと。 「ミクソロジー」という概念の変遷/「カクテル」と同義→トレンドリーダーに「ミクソロジーという言葉が生まれたのは1990年代」という説が多く流布しているが、本来はけっして新しいものではない。現時点での調べでは1891年サンフランシスコのカクテルのパイオニアと言われた、ウイリアム・T・ブースビー著の『カクテル ブースビーズ アメリカンバーテンダー』(“Cocktail Boothbyʼs American Bartender” by William T.Boothby)において初めてミクソロジーという言葉が見つかる。その後、幾度となくカクテルブックを中心に登場するのだが、ただそこに、昨今のような「既成概念を超えた新しいカクテル」といったニュアンスはない。1948年発行のメリアム・ウェブスターの辞典ではミクソロジーを「混合飲料を作る芸術や技能」と定義している。つまり「カクテル」の別の呼び方、ほぼ同義とみてよさそうだ。現在のような意味で「ミクソロジー」「ミクソロジスト」という言葉が脚光を浴びるのは2000年前後頃のことである。本来は古典的な言葉が、新しい概念をまとったとたん一気に注目された。ニュースターの誕生のようにまたたく間に世界のバーシーンを席巻し、多くのバーテンダーがミクソロジストと名乗るようになった。そこで当然、新しいカクテルのブームが起きる。当初はひたすら前衛に向かった。かつてない斬新な味やプレゼンテーションが生まれ、人をあっと驚かせるようなカクテルがつぎつぎと登場した。だが、創作への興味は、トレンドの流れとともにしだいに温故知新に向かっていくようになる。カクテルの起源や歴史にフォーカスする書籍が多く出版され始めると、グローバルカクテルコンペでもクラシックカクテルをテーマの一つとして扱うようになってきた。そのため、コンペティションに勝つために古い文献を読み、カクテルの歴史を紐解くということがバーテンダーにとって必須になった。2010年以降、オールドファッションド、サゼラック、ネグローニといったクラシックカクテルが世界的に一気に人気が高まった。一方でミクソロジーという新しい創作の波は世界にくまなく、あらゆる素材に

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