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2011年06月15日

料理本のソムリエ [ vol.23 ]

【 vol.23】
ガッテンいかない“魚のさばき方”

 「料理本の…」というタイトルなのにいきなりテレビの話で申し訳ありません。今回取り上げるのは3月2日NHKが放送しました「ためしてガッテン」の「出た!魚さばき必勝法」です。こりゃまた古い話をいまさら蒸し返して…、と思われるかもしれませんが、震災の前日に書いたため、ずっとお蔵入りしていました(まちがっていつもと違うフォルダに保存したうえ、つい「NHK」なんてわかりづらいファイル名をつけたため、PC内で行方不明になってたせいでもありますが)。いつにも増して長いのですが、我慢してお付き合いください。NHKなので今回は休憩のCMも入りません。「おひけぇなスッテゴサウルス」とか「儲かりマッカートニー」とか「ぼちぼちでスワン」とか「ようこそお越しヤスシキヨシ」とか「ぶぶ漬けでも一杯どうドストエフスキー」とか、楽しい仲間をぽぽぽぽーんと考えたのですが、こちらは全部お蔵入りです。

 魚をおろせる人とおろせない人との差は、「ある骨」の存在を認識しているかどうかによる、というのがこの回の放送のキモでして、包丁ではなく刃のついていないステーキナイフでおろすとうまくいくというのが新提案でした。この番組、料理に科学のメスを入れるという視点(それが可能な潤沢な予算はみなさんの受信料のおかげです)がなかなか面白く、「クーブイリチーはだしをとったあとの昆布で作ったほうがうまい」なんて話は、実際に失敗した経験があった当方としてはガッテンすることしきりで勉強になります。ただ、ときどきとんでもないこともやらかします。前にも放送内で、四川料理の基本食材である「酒醸(チュウニャン)」が日本では手に入らないと言いきってました。確かに現地のものは日本の麹とは菌が違うそうですが、業務用製品もありまして、ネット販売でも手に入るんですよねえ。業務妨害とか言われかねませんよ。
 結論からいうとこの放送を見ただけでは、アジやサバといった一部の魚しかおろせません。以前カマスをおろそうとして苦労した私の弟がこの放送を見たというので、「こりゃ面白い、素人がテレビの知識を武器におろせるようになるかどうか実験してもらおう」と思ったのですが、彼は彼で大事なポイントの説明が欠けているのにちゃんと気づいておりました。ちえっ。一度でも魚をおろしたことのある人は別のところで頭を悩ませており、それが番組中に描かれていないのが一発で見破られております。
「それじゃあ、魚をおろす際の大事なポイントってなあに?」
「それは魚の骨の構造です」
「ええー、それって放送でも言ってたじゃん、どういうことー??」(立川志○輔風)

 はい、ここで今回のテーマです。「コツはコツでも骨違い。憎々しいのは肉間骨(にくかんこつ)」。
 まずは図をご覧ください。魚の断面図です。

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テレビでは骨に着目したのはよいのですが、説明の仕方がいけません。魚の中央に走っている骨をただ「背骨」と一言で片付けているようでは、重要さがまるきりわかっていない証拠です。魚の背骨は人間の背骨と違って突起のように細い骨が突き出しています。そこでここでは脊髄の入った太い部分のみは「背骨」、細く長くのびている骨(神経棘)を含めた場合を「中骨」と呼びわけることにいたします。中骨とは90度の向きに背骨から突き出ている短いほうの骨は「小骨」とします。肋骨は「腹骨」ですね。
 テレビで注目していた「ある骨」とはヒレを支える担鰭骨(たんきこつ)なんですが、これはそんなに重要ではありません。なぜなら背ビレや腹ビレ沿いに中骨へと向かって並んでいるため位置がはっきりしていまして、素人でも扱いやすい骨だからです。だいたいは中骨をはずすときにヒレと一緒に取れてしまいますし、身に残ったら残ったで、端なので切り落とせばよいのです。

06060_4.jpg 魚をきれいにおろせない人は包丁の先端がこの担鰭骨にひっかかるから、と説明していましたが、はたしてそうかなあ。実際に初挑戦の人たちが苦心惨憺おろしている映像を見ていると、みな一気に魚をおろす「大名おろし」と呼ばれる方法でやっておりました。どちらかというとこの方法に問題があるのです。なにしろただでさえ骨に身が残りやすく、「大名のように贅沢なおろし方」という意味のおろし方なんですから。ただし包丁を入れる回数が少なく済みますので、慣れたプロはこの方法も使います(細長い魚に向いています)。

 中骨から身をはずす作業ではテレビの言うとおり、無理に切ろうとせずに、包丁の刃は当てるだけで自然にはがすように切り開いていきます。慣れない素人の場合、身に切り込んでしまって中骨に肉を残しやすい。中骨の柔らかい魚の場合(平たいマナガツオとか)は、逆に骨へ切り込んでしまいそうになることもあります。その点で、刃のないステーキナイフで、身を骨からはがすようにおろしていくのも一つのアイディアでしょう。
 問題は小骨です。身に食い込んでいるので切りはずさなければなりません。ステーキナイフではちょっと無理。ところがテレビではそこをさらっと流しています。じゃあ、小骨を切断せずにひっぺがすようにして引っこ抜けというのかしら(小骨が身に深く食い込んでおらず、身質が固い魚であれば、ちょっとくずれて汚くなりますがやってやれないことはありません)と思って見ていたら、ちゃんと切りはずしたようです。三枚におろした後で、小骨を抜く作業について説明をしていたのがその証拠。切断しなけりゃ小骨は身の中に残りませんからね。プロは骨抜きで抜き取りますが、これをおこたると刺身で食べるときに支障となります。
 小骨の形や長さは魚種によって差があるうえ、生えている本数も違います。弟がカマスで懲りたのは、身が薄いくせに背骨が太く、柔らかくて崩れやすい身に長い小骨が食い込んでいて取りづらいからです。ちなみに小骨は「肉間骨」と言いまして、「上椎体骨」(じょうついたいこつ)、「上神経骨」などが含まれます。その名の通り肉の中に入っているから厄介なのです。ハモは特に発達していまして、骨切りしなければ食べられないのはそのためです。イワシやニシンの場合は歯ブラシみたいに細くて長い骨が背骨からにょきにょきたくさん生えていますが、これも発達した上椎体骨や上神経骨です。ご関心の向きは緑書房の『新魚類解剖図鑑』をご覧ください。2冊組の旧版時代と違って、オールカラー。魚の骨格の説明がよりわかりやすくなっております。
 素人が魚をおろす際のコツは、この一番厄介な小骨を切る作業を後回しにすることです。まず腹の身を中骨からはずします。包丁は背骨と同じ向きにして、刃渡りを長く使うようにします。大名おろしの方法でおろしますと包丁の向きは背骨に対して垂直になるので、中骨と中骨の間にひっかかりやすいのですが、これなら中骨の流れに沿ってすべるようにはがせるはずです。

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 次にぐるりと180度魚を回して、背側から中骨の上の身を同じ要領ではがします。そして最後に包丁をねかせて力を入れて背骨から小骨と腹骨を切りはずしながら身をはぎ取ります。テレビでもちゃっかり説明なしにこの手順で魚をおろしておりました。ただし逆に背のほうから包丁を入れていたようです。この方法では作業のたびに魚の向きをまな板の上でくるくる変えなければならず、素人は頭がこんがらがりますので、細かく手順を教えてあげるべきでした。

06060_3.jpg  プロの場合はいちいち魚の向きを変えるのが面倒なので(あまり動かすと身が傷みますし)、腹側の身をはがしたのち、背骨から腹骨と小骨を切りはずしてから、背骨を乗り越えるようにして背側の身を切りはずす場合もあります。アジの開きみたいな要領です。ただしそれも、アジのように背骨が平らで乗り越えやすかったり、身質がしっかりしていてめくってもくずれない魚種の場合。背骨が太くて邪魔だったり柔らかいものの場合はちょっとやっかいなので、基本に忠実に腹側、背側、背骨の上と順におろします。
 テレビでは、骨格についての説明がないから本を読んでもおろせるようにならないなんて、他社の本(ここ大事なとこ)を映して批判していましたが、正直言って五十歩百歩ですなあ。そもそも骨格を理解することがコツだなんてとっくの昔から言われてきたことです。

05729.jpg1989年小社刊の『図解・魚のさばきかた』は共著でして、その一人はまだ「分とく山」の店長に就く前だった野崎洋光さん。本書冒頭で魚の骨と包丁の入り方の位置関係をイラストで説明しているのは、野崎さんのアドバイスによるものです。実はここまでつらつら偉そうに書いてこられたのも、この本が下地にあってこそ。当時、およそ120種類もの数の魚の下処理法や出回り時期を解説した本はほかになく、画期的な内容でした。

 しかしこの本は、手順の説明はすべてイラストでモノクロなのと、うっかりタイトルを「魚のさばきかた」としてしまったのが唯一残念なところでした。最近は完全にごっちゃになっていますが、魚は本来「さばく」ものではなくて「おろす」ものなので……。三枚さばきとか、五枚さばきとか言いませんでしょう? イエズス会の宣教師が苦労してまとめてくれたおかげで、戦国時代の庶民の話し言葉がわかる『日葡辞書』にも「vuouo vorosuウヲヲヲロス」(戦国時代だからといって「うぉぉぉ!ころす!」ではありませんよ)「iuouo sanmai voroxini suru イヲヲサンマイヲロシ二スル」という語が出てきます。「さばく」は今は鳥や動物に使われていますね。ちなみにスッポンの場合は関西では「ほどく」がよく使われます。
 そこで最近小社では全カラー写真『形別魚のおろし方』という本を出版しましたが、これはvol22でも触れたムック『素材と日本料理』の中から、魚の下処理のページを集めたものです(素材解説と料理のページのほうはこれとは別に『100の素材と日本料理』という単行本になってます)。ただまとめるだけでは前のムックを買ってくだすった人に申し訳ないので、魚種を増やした(それでも計40種ですが)うえにまな板上での魚の頭の向きがわかるようなイラストを入れました。プロセス写真は多いものでは30点とかなり細かく追いかけています。とはいえ、初心者向けにはこれでもまだ足りないくらいでしょう。

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 テレビの番組製作側としては、魚をおろすのは難しい作業と思い込まずにトライしてほしいというメッセージを込めたかったのでしょう。目のつけどころはよかったと思います。ここで縷々述べてきたような細かい説明は、ややこしそうに思われかねないので避けたのでしょう。しかしいくらなんでもはしょりすぎですし、どんな魚でもガッテン流でうまくいくというのは誇大広告すぎます。カツオやサワラは身割れしやすいし、タイは小骨が太くて固いので気をつけて……。鮮度が落ちてくるとくずれやすいですしね。テレビの方法通りなのにうまくおろせず、トラウマになってしまう主婦が現れないことを祈ります。
 あと「目からウロコのさばきワザ」なあんて副題がついてましたが、なぜかウロコの引き方は放送内で触れていませんでしたね。ホンモノのウロコはあちこちに飛び散ったりして厄介ですから、これまた素人にとっては問題なのに……。内臓やエラのはずし方も説明しなかったところから察するに、魚を買うときに魚屋さんに頼んで除いてもらえということなのでしょう。
 というわけで、ちょっと読むのにホネな今回の話はこれでおしまい。皆さんガッテンしていただけましたでしょうか。



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投稿者 webmaster : 2011年06月15日 11:18