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2011年05月31日

料理本のソムリエ [ vol.22 ]

【 vol.22】
生まれと育ちで異なる魚の香り

 香りの話がまだしつこく続きます。前田學さんの一件で失敗した私ですが、香りがテーマの対談企画をあきらめたわけではありませんでした。次に白羽の矢を立てたのは寿司職人の関谷文吉さん。浅草の紀文寿司の4代目で、『魚は香りだ』というそのものずばりなタイトルの著書があります。魚のもつ繊細な香りこそがその個性であると見抜いた慧眼(鼻?)の持ち主です。
 この本は関谷さんのデビュー作『魚味礼讃』の続編でして、香りだけではなく、味の表現も豊かです。とくに貝類やイカなどの寿司らしい素材に関しては、おのずと語り口は饒舌となります。「ホッキガイほど強い甘味を訴える貝はありません。ホタテガイの味わいとは違った、もっとネットリした蜜のような濃さがあり、かすかにホヤを想わせるような青臭さが感じられるのです」「アオリイカの味わいはねっとりと、まるで雲のなかにいるようなゆったりとした諧調の甘味です。同じ甘味でもヤリイカの軽快な味とは違い、どっしりと根を張った味調です」というふうに。関口さん独自の解釈と表現ですが、奇をてらおうというのではなく、読者に納得してもらおうという姿勢が感じられます。
 さらに産卵期とその前後のシャコの違いや、アンコウの肝とカワハギの肝の脂肪の質について私見を述べたり……。実体験に裏打ちされているので、説得力があります。そこが「この魚の旬はいついつで、江戸川柳(ここはときには万葉集だったりします)ではかくかく描かれていて、栄養は何々で、刺身と煮魚と焼き魚とフライに向いている(ほかに調理法はないのでしょうか?)……」という感じの、どこかから写してきた情報を列挙していっちょうあがりのお手軽解説本とは一線を画しております。
 関谷さんは『魚味礼讃』の冒頭で、そうした借り物知識で食を語る世の風潮を批判しております。とある料理評論家はテレビ出演中に刺身を食べたものの、その魚が何だか教えてもらうまでひと言も発することができず、ホウボウであることを知ったとたんに自慢げにとうとうと語り始めるだらしなさ。そのうんちくがどこかで聞いたような話だと思ったら、書棚にあった大学の先生の本に書かれていたのと一緒だったとか。「某氏は自分自身の舌や感性で魚の味を理解しているのではなく、食味というものを書物なり、人から聞いた受け売りの知識だけで判断しているというのが、手にとるようにわかったのです」とかわいそうに一刀両断されております。
 さらに返す刀で、「通」を振り回して不勉強さと未熟さを隠そうとする半可通な同業者をもばっさり切り捨てます。「職人に<これはこうして食べるんだ>とか、<こうしてつくったもの以外は偽物だ>などと、高みから自負心の塊みたいな半端な戯言(たわごと)を見下すように聞かされるのも、たまったものではありません」「頑固さだけを売りものにして、<これは秘伝だ>とか、<何十年修業しなければできない>などと、何も知らない素人を相手に何か特別な仕事をしているようなことを言って、さもむずかしそうに見せかけていても、それはただ単に自分のステータスを高く位置づけようとするためだけのことにすぎません」……読んでいてすがすがしいくらいです。
 もちろん関谷さんの文にも、江戸時代の文献に登場する魚の記事など、他の著作から抜粋した話が盛り込まれておりますが、ただ切ってつなげたのではなく、自分の関心事に沿って調べられているのがわかります。『魚味礼讃』は雑誌の連載をまとめたもののため完成度が高いせいか、二度も文庫化されたうえにワイド版すら出ておりますが、デビュー作ですから文体に少々気負いもうかがえます。一方『魚は香りだ』のほうは筆致がばらばらなものの、肩の力が抜けておりまして、自在に筆が走っている様子がうかがえます。こちらがいまだに文庫化されないのが残念です。

22cm.jpg このブログ、まいどまいど長すぎるので
このへんでCMといきましょう。
『「止めろって言った」って言うと、「言ってない」って言う。
「危ないって言った」って言うと、「言ってない」って言う。
そうしてあとで不安になって、「止めたよね?」って言うと
「止めなかった」って言う。
あまのじゃくでしょうか。  いいえ、誰でも』 ……
これだけみるとなんだか子供の喧嘩みたいですね。

 さて、ここまでなかば興奮気味に紹介して参りましたが、「魚なんて魚くさいだけで、香りに違いなんてあるのかねえ」と半信半疑の方もいらっしゃるかもしれませんね。ましてや冷たい刺身となると、サンマの塩焼きのように香りが四方八方にただようわけではありませんから。それでも刺身を醤油ではなく塩で食べてみると、ほのかな香りでもわかりやすいので、ご関心の向きは一度お試しください。ただしカウンターの日本料理店や寿司店で通ぶって、「あー君、ちょっと塩をくれたまえ」と要求したりすると、撒かれたりしないとも限らないので、馴染みの店やご家庭で実験されたほうがよいでしょう。
 よく「日本料理は素材の持ち味を生かしている」といいますが、実は醤油、味噌、鰹節、日本酒、米酢といった香りの強い発酵食品を多用します。ですから、これらの香りでマスキングされてしまう香りがないとも限りません。実際、とある海洋カメラマンから「磯の香りはなんとも思わないが、板前割烹の厨房の独特のにおいが苦手で……」と聞いたことがあります。確かに、煮きった酒とだしとカウンターの白木の香りが混ざったようなむっとしたにおいってありますよね。外国の人が日本の空港に降り立つとまず感じるのは味噌の香り、なんていう話もありますから、自分が慣れきっている香りはあまり感じなくなっているのかもしれません。日本人が思うほど素材の香りを生かせていないかもしれませんよ。

 さて日本生まれで日本育ち、スーパーで買ってきた特売の刺身を醤油にどっぷりくぐらせて長年食べてきた私が、初めて同じ魚種でも生まれと育ちで香りが違うことを思い知らされたのは、雑誌の企画で実施した鯛テイスティングでした。vol15で紹介した水テイスティングもそうですが、素材の比較研究にやたら凝っていた時期がありまして、鯛テイスティング企画では神奈川の佐島、明石、鳴門、長崎、佐賀関、ニュージーランド、養殖の鯛をソムリエの田崎真也氏の解説を受けながら食べ比べました。代々新鮮な魚に触れてきた寿司店の主人ならいざ知らず、鈍感な舌の持ち主のわれわれに、はたして差なんてわかるのだろうかとおっかなびっくりトライしてみたのですが、不思議なことに微妙に違う。とくに佐島のタイは海苔のような磯の香りが、明石の鯛はほのかに甲殻類の香りがしまして、明確な個性が感じとれました。
鯛は雑食性なのでエサの違い(もっとも佐島の鯛は海草ばかり食べているわけではないでしょうが)が反映したのでしょうか…。もちろんこれだけの数の鯛を揃えたのですから、ただおいしくいただいただけで終わらせたわけではありませんよ。その時に集めた懐かしい鯛の写真は、別冊専門料理『素材と日本料理』第2巻だったり、柴田書店ブックス『鯛』の図鑑ページでも見ることができます。

80553.jpg  05841.jpg 05841_1.jpg

 ちなみにこの時取り寄せた養殖の鯛は、天然の鯛も扱う業者さんが、天然に近い仕上がり(養殖の鯛は黒っぽかったり、ヒレがすり切れていたりするのです)という自慢の品だったのですが、残念なことにかすかに泥っぽいにおいがしました。これは養殖場では酸化しやすい脂の多いエサを与えているせいなのか、あるいは食べ残したエサが底にたまりやすく、そうした泥のにおいのする水の中で育ったからなのでしょうか…。後日、ヨーロッパで養殖されているテュルボ(ヒラメの一種)の刺身を食べた時にも同じにおいを感じたので、これは日本の養殖魚に限ったことではないのかもしれません。
 もっとも「だから養殖はいけないのだ」というつもりは毛頭ありません。しかし養殖魚は、見た目や脂ののりをよくすることも大事ですが、香りという大きな課題があるのに無頓着でいてはいけないと思うのです。養殖業者さんによると改善する方法はあるようなのですが、市場がその努力を評価してくれないのだとか。努力をしてもしなくても「養殖だからこの値段」という相場で一律同じ扱いにされがち。あるいはサイズが揃っているといった要素(ウナギなんかは串を打ったりお重に入れたりする都合上重要らしいです)のほうが優先されたりします。流通業者も消費者も、自分の感覚で商品の味をはっきりと見定めて(食べ定めて?)、評価しようという姿勢が欠けているのでは……。もっと香りと食感(養殖魚の場合のもう一つの課題は、身の固さです)を評価し、向上させる道を探れば、養殖の分野でも世界をリードできそうな気もするのですが。なにしろ世界一魚に親しんでいる魚喰い民族なのですから。
 ちなみに関谷さんが魚の香りに着目するようになったのは、ワイン好きだったからだそうです。だから関谷さんの魚の味や香りの表現は具体的で、情報を誰かと共有したいという気持ちが見え隠れしているのでしょう。関谷さんとソムリエさんとなら魚の香りをいかにして意識の俎上にのせるか、どのように表現できるかで、さぞや話が弾むではなかろうか……。ところがいざお店に対談依頼の電話をしましたところ、奥様が出られて大変恐縮したご様子で「最近、身体の調子が悪くて取材は……」とのお返事。それでもどこかの水検査会社の対応とは大違いでした。
 それからしばらくして関谷さんは現場を離れ、3年ほど前に亡くなられたと人づてに聞いております。前田さんも、前回紹介した醸造学者の富永さんも、ほぼ同じ頃に亡くなられました。人と人との出会いをセッティングするのが編集者の仕事ですが、なかなかそれすらもうまくいかないものです。


 
 

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投稿者 webmaster : 09:49

2011年05月26日

ベーカリ18店の絶品レシピ!『アイデア・サンドイッチ』 編集担当者より♪

06113.jpg『アイデア・サンドイッチ』
柴田書店編
発行年月:2011年6月1日
判型:B5 頁数:160頁


編集作業のはじまりは、
「ひたすら サンドイッチ を食べる」 ことでした。

サンドイッチがベーカリーの棚に並ぶのはランチ前。
編集部員たちは、朝から「これは」と思う店をまわって
サンドイッチを買い込みます。
昼すぎには全員が編集部に集合。

あとはみんなで食べるのみです。

そんな日々が2週間ほど続き、
みんなのお腹まわりが普段よりもややふっくらしてきた頃のこと。

「おいしいサンドイッチとはなんぞや?」という疑問の手がかりが、
雲間からもれるひと筋の光明のようにぼんやりと見えはじめてきます。
その手がかりを胸に、取材へ!
お店にうかがってレシピを取材しつつ、
「おいしいサンドイッチをつくるためのコツ」をお聞きしました。


たとえば、、、

06113_1.jpg●モッツァレラとツナ、ドライトマト
 [クピド!]


モッツァレラの繊細なおいしさは、
ツナを合わせるとぐっと引き立つ。

アクセントのアンチョビペーストはべたっと塗らず、
パンの上側3カ所に点々と塗ると
ほどよく上品な旨みを添えられる。

06113_2.jpg●ハムエッグサンド
 [ネモ ベーカリー&カフェ]


定番の組合せだが、卵は注文が入るごとに
ふわふわのスクランブルエッグに焼き上げてはさむ。

さらに、パニーニグリラーで焼いて
こんがり香ばしさをプラス。

06113_3.jpg●味噌カツドッグ
 [エス ブーランジュリー]


トンカツに、なんとりんごのコンポートと
焼きりんごを合わせる。

意表をつく組合せでお客の心を惹きつける。

06113_4.jpg●ルヴァン・フリュイのクリームチーズサンド
 [ドミニク・サブロン]


ナッツやドライフルーツがぎっしりと詰まった
贅沢な味わいのパンには、
ヘーゼルナッツプラリネ入りの濃厚なクリームチーズを。

おやつにもお酒のおともにもぴったりな1品に。


06113_5.jpgおいしさのコツはサンドイッチの数だけあるといっても過言ではありません!
とはいえ、取材するうちにおいしいサンドイッチに共通する極意があるのもわかってきました。
巻頭で「サンドイッチ おいしさのコツ」と題し、イラストをまじえて楽しく解説しています。

編集を終えたいま、
「おいしいサンドイッチとはなんぞや?」 と問われたら、迷わず答えます。

「2週間さまざまなサンドイッチをひたすら食べ続けてもなお、
手がのびるサンドイッチ」
であると。

そんなサンドイッチばかりを集めた1冊です。
パン好き、サンドイッチ好き必見!
ぜひお手にとってくださいませ。

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投稿者 webmaster : 19:12

2011年05月24日

『簡素なお菓子』 Part2

06112.jpg『簡素なお菓子』
著者:河田勝彦
発行年月:2011年5月14日
判型:B5変 頁数:96頁


スイートポテト だってつくれますよ

『簡素なお菓子』の打合せ。
商品のジャンル分けについてだいたいの目安を立て、
さて、どんなお菓子をつくるのかという段になったとき、
河田シェフが・・・

06112_7.jpg
「ああ、たとえばスイートポテトだって、
つくれといえばつくれるよ」と
思わず ポロッ といってしまったのです。


スイートポテトはフランス菓子ではありません。
Sweet Potatoは英語。
しかも訳せばただのサツマイモ。

撮影のとき、河田さんのお弟子さんが
フランス語で Patate douce と書いてきたのには笑いました。
フランス語でもただのサツマイモなのです。

でも「スイートポテト」というと、日本人はお菓子だと認識します。
アメリカのお菓子のようですが、日本のものだという気がします。

フランス菓子にこだわってきた河田さんが思わず
「できる」といってしまったのです。

渡りに船。いただき!
「あ、それお願いします」と
速攻で返事を返したことはいうまでもありません。

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実は河田さん、スイートポテトを
今回単行本のためにはじめてつくったそうで、
それから試作されたそうです。

それでも河田さん、リッチなコクがあって、
でもしつこくないスイートポテトを仕上げてきました。

さすがです!!!

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投稿者 webmaster : 10:09

2011年05月18日

料理本のソムリエ [ vol.21 ]

【 vol.21】
言葉で浮かび上がる香りの記憶

 このところ食品の放射能汚染の報道が続いておりますね。キノコ、茶、内陸の魚類…。まあ、前例のチェルノブイリで起きたのとだいたい同じパターンですから、これってきっと“想定内”なんでしょう。生産者へのケアもぬかりなくお願いしたいものです。
 かといって魚の頭と内臓を除いてセシウム量を計測していたのをごまかしだのと言って、鬼の首を取ったように騒ぐのもどうかと思います。頭と内臓が気になるなら(あら煮用かな?)、それはそれで別に分析を要請すればよろしい。というか食材ごとに可食部と平均的な摂取量を勘案して、もう少し細かく基準を設けたほうがよいのではないでしょうか。日常的にたくさん食べる食材もごく少量しか使わない食材も一律で1kgあたり500ベクレルという規制でくくるのは、ちょっと大雑把すぎると思うのです。確実に割を食うのは乾物類でしょう。ドライハーブを1kg使うのはかなり大変だと思うのですが…。

 緩すぎる規制も問題だけれど、かといって風評加害者にはなりたくないので、こんなふうに言葉を選び選びブログを執筆していたら、ここにきて豪胆な発言が飛び出しました。「低線量の放射線はむしろ健康にいい」。東電の顧問さんともなると自らの信念に忠実で一点の曇りもないようです。前回、放射線にはこれ以下なら問題ないという“しきい値”がわかっていないことを説明する際に、「反対する説もあります」とこわごわ注を入れて保身を図った私の小者ぶりに恥じ入りました。追加で説明しておきましょう。
 低線量の放射線が健康によいという「ホルミシス仮説」をあつかった概説書のは、「これでみるみる私も健康になった」的な本が多いのですが、学者がきちんと説明したものとなると文春新書の『“放射能”は怖いのか』あたりでしょうか…。これは、ごく弱い放射線が生物の活性をうながすという説で、植物や昆虫で効果が確認されています。ラドン温泉が身体にいいとされているのと同じ理屈ですね。しきい値なし(LNT仮説)を直線グラフで表すなら、しいち値ありは折れ線に、ホルミシスは図のようにさらに急カーブのグラフとなります。グラフの左のほうであれば発ガン率が上がるどころか、むしろ下がるというわけです。

horumishisu.jpg

 ただしこれもまた仮説でして、どのくらい放射線量が高まると有害に転じるのか、病人や妊婦、乳幼児と健康な大人で違いはないのかといった肝心なところがわかっておりません(温泉でも病気の人や妊婦さんは遠慮していただきますよね)。それで“しきい値なし”という危険性を高く想定した仮説のほうに基づくのが、現在の放射線防護の考え方。君子危うきに近づかず、というスタンスです。レジオネラ菌がどれくらいの個数で肺炎を起こすのかが現時点では不明なので、お風呂の衛生基準は厳しく「不検出」に設定しているのと同じことです。
 さらに困ったことに、せっかくの健康にいい放射線も、原発由来のものは処方量をコントロールできておりません。頼んでもいないお薬が誰彼かまわずサービスで配られているってのもずいぶんな話ですが、お薬手帳をもらった記憶がない。複数のお医者さんに処方されて摂りすぎたりやしませんかね? そもそもホルミシス仮説の熱心な旗振り役は(財)電力中央研究所ですしねえ…。壮大な人体実験につき合わせておきながら、自分は安全な所で利口ぶるのは学者さんの悪い癖です。「郡山の校庭の土なんざ、研究用にうちの敷地に引き取りますよ」とでも言えばいいのにね。
 そういえば青酸カリよりも強い劇薬のニコチンも、ごく少量なら肝臓の代謝を促すそうですよ。「現在放出された放射性物質の危険性はタバコよりもずっと低い」なんて比較の対象にされていますけど、日本パイプクラブ連盟は禁煙ファシズムだと訴えないのでしょうか?

 さてさて前ふりが長くなりましたが、今回は香りについて。 vol.18 の水道水の話の続きです。ミネラルウォーターが人気沸騰中な昨今、ピント外れもいいところですが、前々回を読んで、「え…………、利き水名人の話はあれでおしまい?」「前半分は佐野眞一氏の外食産業取材についてで、利き水名人の話には半分しか割かれていなかったじゃないですか」と思われた方、ご安心ください。
 前田學さんが登場する本は、『鼻学』のほかにもまだあります。まずひとつが『婦人公論』の連載「井戸端会議」をまとめたシリーズ。中央公論新社の単行本『経験を盗め』に収録されております。
 このシリーズは糸井重里氏をホストに鼎談型式に行なわれたもので、お相手は最相葉月氏。小学館ノンフィクション大賞を受賞した『絶対音感』の著者です。音に鋭敏な人が感じる世界と、香りに鋭敏な人の感じる世界を比べ、語り合おうという狙いですね。もっとも、所詮は違う分野なので話があんまりかみ合っていないような気もいたします。ちなみに前田さんによると、蒸留水でご飯を炊くと、米がよければよいほどそのものずばりのふわーっとしたいいにおいがするのだとか。けれども蒸留水が気が抜けたようなまずい味なのと一緒で、食べるとけっしてうまくないそうです。この本は文庫化されておりますが、全3冊あった同シリーズをいったんばらして内容別に『心と体の不思議編』『奥の深い生活・趣味編』『文化を楽しむ編』の3冊に編集し直してあるため、ちょっと注意が必要です。前田さんの鼎談は『心と体の不思議編』に収録されています。

 さてもうひとつは、同じ中央公論から出た『超人へのレッスン』。超人列伝という視点でまとめてあるのがちょっと引っかかりますが、調律士、漁師、旋盤工など10人にそのすぐれた五感について取材したものです。前田さんの談話を一人語り口調でまとめ直してある『鼻学』と違って、この本では著者の質問に対する答えがそのまま収録されています。「採ってきた水を置いておきますと、たとえば〈藻の匂い〉がすぐに〈褐色〉がかった匂いになったり、〈土〉の匂いが〈茶〉の濃くなったような匂いに変わったりする場合、あるいはその匂いが薄くなって〈緑色感〉やいろいろな形で〈緑〉っぽいような色が出てきたり、という変化が起こることがあるんです」といった具合。テープおこししただけのようでわかりにくくはありますが、前田さんの表現法がそのまま収録されているのが興味深いです。紅茶に浸したマドレーヌの香りから幼年時代の記憶について思い出すのとは逆に、特定の言葉に結びついた香りの記憶を思い出しては探りあてているようにも思えます。こちらは中公文庫ではなく徳間書店から、『匠の技 五感の世界を訊く』というおとなしめなタイトルに変えて文庫化されております。

 ところで香りを言葉に表現して記憶する前田さんの手法、これはまさしくワインテイスティングと同じと思われませんか? 
 ソムリエコンテストといえばブラインドテイスティングですが(それはワインを上手にサービスするスキルを磨くためで、こればかりを競っているわけではありませんが)、そんな芸当ができるのも、どの産地のワインがどんな個性を持っているのかをしっかりと記憶しているからです。そのツールの1つとなるのが香りです。ただ「いい香りだなー」では漠然としすぎて頭に残らないので、「フレッシュな果実香」「ミネラル感」「フィニッシュにバニラの香り」などと分析し、イメージすることで、そのワインの個性をはっきりと位置づけることができます。
 ただし前田さんとの大きな違いは、ソムリエたちは香りの表現を他人と共有しており、情報を普遍的なものとしている点です。『超人のレッスン』で、前田さんの上司の小島貞男氏が「彼の使う匂いの表現も我々にはよくわからないですよ。〈緑色感〉とか〈靄(もや)の潤いがある〉とか。共通言語じゃないから困るんです。我々にはない感覚だから仕方ないんですけど」とコメントしているのとは対照的です。前田さんは日本で最初の水質テイスターですし、その能力は飛びぬけているので、この技術を共有したくとも共有できる相手はいなかったのでしょう。

winekisoyougo.jpghorumishisu_1.jpg 一方ソムリエは、同じ香りを同じ言葉で表現することで、ヴィンテージや産地の違いを理解し合えるようにします。試しに『必携 ワイン基礎用語集』を開くと、ずらりと形容表現が並んでいます。洒落や気分で「枯葉」だの「濡れた犬」の香りなどと言っているのではないわけですね。
 そうしたワインの香りの世界の奥深さを解説する本としては、ボルドー大で醸造学を学んだ富永敬俊氏の『アロマパレットで遊ぶ―ワインの香りの七原色』があります。ワインの香りを虹の7色になぞらえて、7つのカテゴリーに分類、整理しようという香りのガイドブックです。フルーティアロマ、ハーベイシャスアロマ…とカタカナだらけなうえに、香り成分などの化学用語も飛び出しますが、ワインの教科書よりわかりやすい。これなら、私も少しはワインの香りが覚えられそう、という気にさせられます。

 ワインの特定の香りを把握することは、その香りはどんな成分に由来するか、その成分を持つブドウはどんな品種なのか、醸造のどの過程で生じるのかといった謎の解明につながります。そうした香りの研究方法や成果の一端は、同じ著者の『きいろの香り ボルドーワインの研究生活と小鳥たち』で紹介されています。こちらはワインの香りの研究に関する6つの話題で構成されておりまして、これまた化学用語がたびたび登場しますが、科学読み物としてもエッセイとしても楽しめます。理系の本らしく索引が充実しているのも好感が持てます。なお、タイトルは色と香りに関する考察について…ではなく、著者が飼っていた小鳥「きいろ」のこと。ソーヴィニオン・ブランの香りのする不思議な小鳥との出会いと別れについては、本書第5章をご参照ください。近頃、科学者と呼ばれる人たちの純粋な思いや熱意を信じられなくなってきた人に、お勧めです。


  
  
  
  

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投稿者 webmaster : 12:05

2011年05月12日

簡単だっておいしくなくちゃ!! 『簡素なお菓子』 編集担当者より♪

06112.jpg『簡素なお菓子』
著者:河田勝彦
発行年月:2011年5月14日
判型:B5変 頁数:96頁


クラフティは おすすめです。

クラフティの撮影をしていた日のことです。
これに使ったアパレイユ(液)が余り、
河田シェフがビニール袋3つに詰めさせて私に差し出しました。

「これ持って帰ってつくりなさい」
ええっ!? もらうというより、押しつけられたかっこう。

アパレイユは牛乳や生クリームなどの乳製品に
砂糖、卵、粉を混ぜただけのものです。
フルーツをたっぷり入れた耐熱皿にこれを流して焼きます。


私でもうまく焼けるだろうか……、と思いつつ帰宅。


そういえばカットした石垣島のパイナップルの残りがあったけ。
ほかに冷凍のブルーベリーも。
帰ってすぐに焼いてみました。
分量もいいかげんだし、4種類あったうち3種類もらったアパレイユは
一部量が足りないので混ぜちゃいました。


でも、ちゃんと焼けたのです。 3台も。


翌朝会社に持っていきおそるおそる数人に差しだすと、
「あ、おいしいっ!」と誰もが叫んでくれたのでした。

「フルーツはなんでもいいです。
果汁が生地に染みだしたところがおいしいのです」
と語っていた河田さんの顔が神様のように思い出されました。


06112_1.jpg ◎ リンゴのクラフティ

 軽い味わいと
    カリッ とした食感♪

06112_2.jpg ◎ 赤いベリーのクラフティ

 柔らかな生地に
    ベリー の酸味がさわやか!!
 
06112_3.jpg ◎ チェリーのクラフィティ

 濃い味の チェリー
   まろやかにおいしくなる◇

06112_4.jpg ◎ アプリコットのクラフィティ

 柔らかな生地に
    アプリコット の酸味が顔を出す☆

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投稿者 webmaster : 13:16

2011年05月11日

本邦“初”の本格中国料理辞典!! 『中国料理小辞典』 編集担当者より♪

35337.jpg『中国料理小辞典』
著者:辻静雄料理教育研究所研究主幹 福冨奈津子
発行年月:2011年5月12日
判型:四六変 頁数:384頁


 中国料理の用語辞典でプロの使用に耐えるものは、これまで世に見当たりませんでした。フランス料理関連の辞書類の充実さと比べると雲泥の差です。
それは「同じ漢字を使用しているから字面でなんとなくわかるだろう」と思われがちだという事情が影響しているのかもしれません。しかし実際にはフランス料理と同じく外来の文化ですから、そう簡単には理解できません。

 いえ、むしろフランス語以上に難しいかもしれません。

というのも、中国料理には標準中国語だけでなく、広東語を使う香港の用語も混在しています。
さらに大陸では簡体字、大陸・香港では繁体字というように表記方法も違います(繁体字は日本の旧字と同じものと受け止められていますが、一部違ううえに、台湾と香港で微妙に差があるケースもあります)。
これらの情報をきちんと整理するのはとても困難な作業なのです。

 さらに漢字の場合、見出し語をどのように排列、整理するかも難問です。
アルファベット順はもちろんのこと、普通の料理用語辞典のようにアイウエオ順にするわけにもいきません。
たとえば「紅焼」は一般にホンシャオですが、ホンソーとなまって読む人もいます。とはいえ日本語の音読みでコウショウとするのも乱暴な話です。

そもそも中国語のカタカナ表記の方法は、いろいろあって統一されていません。
それに、何と読めばわからない難しい字の単語はどうやって調べたらいいのでしょう。

Q1 「驢打滾」は何と読むのでしょう? (解答は文末に。)

実際中国では発音がわからない言葉でも引けるよう、書き順別の用語辞典や漢字を4分割して数字コード化する「四角号碼」なるものも使われていますが、日本人には使いやすいとはいえません。

 そこでこの本では、漢和辞典のように画数順で整理 しました。
すべての単語をまとめて画数順に並べると一字目に同じ漢字が来る言葉が延々と続いて(上菜、上脳、上湯、上漿、上籠…というふうに)見づらくなりますので、内容別に25種類にジャンル分けして探しやすさに配慮 しています。
素材の用語、調理法の用語、サービス関係の用語という具合です。

ただしこうした構成の場合、
「初めて見る単語だけれども、恐らく魚の名前だろう」
「中国茶についてどんな種類があるかざっくり調べたい」
といった場合には便利なのですが、どのジャンルに属するか見当もつかない言葉に出くわした場合には困ってしまいます。

Q2 「下水」とは何のことで、本書では何章に属しているでしょう?

別のルートから見つけ出せるように、索引も充実させねばなりません。
一般の人向けに部首索引、中国語のわかる人向けにピンイン索引(中国音アルファベット表記)の2種類 をつけ ことにしたのはそのためです。

 日本人にとってはフランス料理よりなんとなく身近な感じがするせいか、中国料理は理解が進んでいるように思われがちですが、実はわからないことだらけです。世に出回っている情報には、かなりいい加減なものも多々見受けます。
インターネット上に正解があるとは限りません。

また中国人に聞けばわかるだろうというのは素人考えでして、符丁であったり、地方名だったりするものは、ネイティブに尋ねてもわかりません。

Q3 「小巻」とは何のことでしょう?

とくに香港では、縁起を担いで同じ発音の別の字に書き換えたり、めでたい言葉に言い換えることも多いようです。

Q4 食材である動物の「舌」は、香港では月(にくづき)+利の一文字で書いて「レイ」と呼びます。なぜ?

もしかしたら中国人にとっても役に立つ辞書かもしれませんよ。

 最後に内輪話で恐縮ですが、本書製作の終盤に大震災に遭遇したため、作業は一段と難航しました。東京でもデザイナーの岡本さんの事務所や用紙の倉庫が被害を受け、著者と電話でやりとりしている最中にも何度か余震に遭いました。計画停電に直面しつつも、日本語と中国語が混在する面倒な版下作りにお付き合いいただいた印刷会社オペレーターの矢澤さんには、この場を借りて御礼申し上げたい次第です。


《解答篇》
A1・リュイタークン。きな粉もちの餡巻き(本書278ページ参照)。
A2・動物の内臓のことで、本書では第3章の「動物性材料」(33ページ参照)。
A3・台湾でケンサキイカのこと(72ページ参照)。
A4・広東語で「舌」と「蝕」(損をする)は同音なので、
   「利」と置き換えた(37ページ参照)。


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投稿者 webmaster : 11:54

2011年05月06日

これがまさに、決定書! 『新版 イタリア料理教本』 編集担当者より♪

06110.jpg『新版 イタリア料理教本』
著者:吉川敏明
発行年月:2011年5月11日
判型:B5 頁数:576頁

「イタリア料理教本」上下巻(上巻1999年初版刊行。下巻2000年初版刊行)を
上下巻合わせて1冊にまとめた本書。

最初は上下巻それぞれを、新版として出版するつもりでした。
ところが 2冊まとめては? という意見が多く、こういう形になりました。

すでにある2冊を合わせて1冊にするのですから、
すぐにできるのでは?
とまわりも担当者も思っていたのですが、甘かった。。。

用語の統一、発音の表記の統一、引用頁の修正、索引作り等。
作業量は思った以上に多く、しかも校正となるとこの頁数ですから、
なかなか読み終わるものではありません。

著者にももちろん通して読んでいただき、訂正を加えていただきました。
特にイタリア語の発音表記はもう一度すべて見直し、
より近いものに改めています。


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投稿者 webmaster : 09:49